アメリカ人が見た開戦前夜の東京

レビュー

10
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トーキョー・レコード 上

『トーキョー・レコード 上』

著者
オットー・D.トリシャス [著]/鈴木廣之 [訳]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784122064591
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

トーキョー・レコード 下

『トーキョー・レコード 下』

著者
オットー・D.トリシャス [著]/鈴木廣之 [訳]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784122064607
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

アメリカ人が見た開戦前夜の東京

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 平成の世を生きる日本人が、日米戦争直前の昭和十六年(一九四一)の日本に突然放り込まれたら、軍国日本はこんな風に映るのではないだろうか。別にタイムマシーンを必要としない。文庫本上下二冊で足りるのだ。

 本書『トーキョー・レコード』の著者トリシャスは、昭和十六年二月に東京に派遣された「ニューヨーク・タイムズ」特派員である。ドイツの専門家で、日本のことはよく知らない。日本語はまったくできない。日本の盟邦ドイツに長らく滞在したベテラン記者で、ナチス報道でピューリッツァー賞を受賞している。

 トリシャスはアメリカ出発を前に、不測の事態に備えて、遺言書を作成した。服装は「天皇への拝謁と刑務所」という両方のケースに応じられる準備をする。東京は「かつてのような快適な場所」ではなくなっているらしい。特に新聞記者にとっては。

 ガラ空きの客船は横浜港に到着する。横浜は中心部と山手地区を除けば、「掘っ建て小屋」と「煙を吐き出す煙突のある大工場」の町だった。東京は灯火管制下の暗い都市であり、あらゆる物資は不足している。「むかつくような腐りかけの魚の臭い」が充満している。道行く人々は「不安と覚悟の入り交じった」緊張感と警戒感をかもしている。「掘っ建て小屋」の住民たちは、炭の火鉢の周りに集まって暖をとるしかない。手足は温まるが、「背中は冷えたままだ」。

 荷風の『断腸亭日乗』はこの非常時の市井を観察した名著だが、批評精神が研ぎ澄まされ過ぎているから、読む者を無意識のうちに、特権的な視点にいざなってしまう。歴史を俯瞰できるエリートの視点だ。荷風は例外者であり、人々は荷風のように「市隠」として観察者に徹することはできない。時代に影響され、流されていくしかなかった。知りうる情報も総力戦下で、極端に制限されていた。

 日本に降り立ったトリシャスが感じる日本の習俗や思想の奇異、奇妙、さらには不自由、理不尽。トリシャスの異邦人の目が捉える日本への違和感は、いまの我々の感覚に近い。例えば「八紘一宇」という観念。この東洋の家族的同胞主義で、なぜ日本は「長兄」の座を占めるのか。これは世界征服の計略ではないのか。「万世一系」や「臣民の道」がなぜ日本人に真実と受けとめられているのか。違和感を解明するため、トリシャスは「古事記」「日本書紀」の神話の世界にまでさかのぼって勉強する。俄か勉強がそんなに簡単に実を結ぶはずもないが、その知的ヴァイタリティには恐れ入る。

 記者本来の業務である現実の帝国日本の観察には優秀なチューターがついている。これは我々とは大きく異なるアドヴァンテージだ。前任者ヒュー・バイアス(『敵国日本』の著者)やアメリカ大使館のドゥーマン参事官といった日本通が助けてくれる。日米交渉が大詰めを迎える時期に、もっとも求められている仕事である。運命を決する日米関係が相手国側の目によってどう記録されているかは、本書の別の読みどころでもある。

 昭和十六年の日本の主役の一人である松岡洋右外務大臣には日本到着早々に取材できた。「活発で、自信過剰、しかも饒舌」なのはよく知られる松岡そのものだが、日本人スタッフを遠ざけてからの松岡は豹変する。「驚くべき和平案の概要を披露」するのだ。ルーズベルト大統領が重慶政権の蒋介石に忠告して、自分と直接和平の話し合いをするよう提案してくれ、というのだ。平和が回復すれば日本人は中国から撤退する。「この戦争を止めるためには何かしなくてはならない」と明言する松岡はまた、日米が手を組めれば、「世界を支配することだってできるのに」ともつぶやく。

 これらがどこまで本音で、どこからが演技であり、どの部分がプロパガンダなのか。オフレコ発言であっても、どこまで記事にできるのか。記事にできなくとも、アメリカの政府に裏ルートで届くことを松岡は望んでいるのか。ジャーナリズムをも巻き込んだ「外交戦」の複雑怪奇が伝わってくる部分である。

 特派員といっても松岡に会うといった機会はむしろ例外で、日常業務は日本の新聞の熟読という地味な作業である。政府の言論統制が進んで画一化された紙面から、各紙の特徴を勘案し、どこに政府や軍部の本音が潜んでいるかを探る仕事である。「戦いの太鼓を打ち鳴ら」す東京日日新聞(現在の毎日新聞)、「保守的で懐柔的な方針」の朝日新聞といった構図、評論家では「しばしば陸軍の代弁をする」武藤貞一、「松岡の政策全般の支持者」徳富蘇峰といった言論地図も描かれる。その蘇峰が「松岡と近衛が最早互いに目も合わせないことを暴露」する。松岡切り捨てはその記事の一ヵ月後だった。

 外国特派員に対する活動制限は日本人記者の比ではなかった。常に監視がつきまとい、いつスパイとして挙げられるかわからない。記事の検閲はどんどん拡大される。電話で送る特電はまず検閲官に読み上げねばならず、そこで文面の変更や差し止めが行なわれた。トリシャスは開き直る。「検閲があるのなら、ナチスが特派員に課した自己検閲に比べれば、大っぴらで公的な検閲の方が私にははるかにましだ」。ドイツでは記者の自己責任となり、相手の機嫌を損ねない記事を書かねばならなかったからだ。――かくて十二月八日を迎える。部屋に飛び込んできたのは四人の私服警官だった。

 刊行以来七十四年後に本邦初訳された日記から学べることは多い。文庫本なので定価もかなり抑えられていて助かる。

新潮社 新潮45
2017年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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