『舞台の上のジャポニスム 演じられた幻想の〈日本女性〉』 馬渕明子著

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舞台の上のジャポニスム

『舞台の上のジャポニスム』

著者
馬渕明子 [著]
出版社
NHK出版
ISBN
9784140912478
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『舞台の上のジャポニスム 演じられた幻想の〈日本女性〉』 馬渕明子著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

西洋の欲望を映す鏡

 今、ジャポニズムが再びブームを迎えている。ただし本書は安易に流行に棹(さお)さした書ではない。一九世紀のパリの舞台芸術に対象を絞り、演劇を通して見えてくる「日本」を興味深く紹介してくれる書だ。これまでほとんど手つかずだったジャンルで、当地の雑誌類を長年にわたって調査した労作である。

 浮世絵がフランス絵画に与えた影響など、ともすれば、ジャポニズムは日本人が自国の文化の優秀さをナルシスティックに味わう手立てにされがちだ。だが、絵画よりもむしろ演劇だからこそ見えてくる負の側面も本書は見逃さない。たとえば舞台の日本人男性は概して印象が希薄で、目立つのは女性、それも大半は芸者である。中には学歴の高い芸者もいて、一般女性よりも自由で気ままな設定だったりする。多くの場合、西洋至上主義的なオリエンタリズムが濃厚で、彼女たちの大半は観劇する西洋男性の欲望に忠実に応える存在である。一八七一(明治四)年にはすでに日本を舞台にした脚本がフランス語で上演されていたという事実も驚きだが、おそらくそこには「日本」を鏡に見えてくる西洋のうちなる欲望があり、また、パリ万博などで自らオリエンタリズムを演じようとした、日本側のあざとい戦略も背景をなしていた。

 一口に演劇といっても、オペラやバレエなどその内容は実に多彩で、日本の風俗がファンタジーの手立てに活用されていくありさまが豊富な挿絵――アナクロニスティックな間違いが何ともおかしい――を通して明らかにされていく。日本への誤解を解くために、パリ在住の日本人がすすんで台本を書いた例もあり、また、ピエール・ロティの「お菊さん」が舞台化されていたり、ロビンソン・クルーソーが日本にやってくる、などという筋立てがあったりもする。あるいはそこに開花していたのは、日本でも西洋でもない、魅惑に満ちた、第三のインターナショナルな空間であったのかもしれない。

 ◇まぶち・あきこ=1947年神奈川県生まれ。美術史家。国立西洋美術館長。日本サッカー協会副会長も務める。

 NHKブックス 1600円

読売新聞
2017年11月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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