『森へ行きましょう』 川上弘美著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

森へ行きましょう

『森へ行きましょう』

著者
川上弘美 [著]
出版社
日本経済新聞出版社
ISBN
9784532171445
発売日
2017/10/11
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『森へ行きましょう』 川上弘美著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

違った人生見るスリル

 生きていると、(自分はなぜ今、ここで、こんなことをしているんだろう)と、どうしようもなく“我”の状態で、我に返ってしまうという瞬間がたびたびある。そんなとき、(あのときああしていれば、また違った人生を歩んでいたかもしれないな)と考えはじめるときりがないのだけれど、たいがいのところ「また違った人生」を歩んでいる自分の姿は、途方に暮れる自分自身の影に隠れてしまって、うまく想像できないものだ。本書は、その影をそうっとめくって「また違った人生」を生きる自分の姿をのぞきみるような、ちょっぴりおそろしくも、心躍るひとときのスリルを味わわせてくれる。

 主人公は、同じ年の同じ日に生まれた留津とルツ。留津は二十代半ばに結婚し、個性の強い姑(しゅうとめ)と世話の焼ける夫に悩まされながらも、専業主婦として家事育児に邁進(まいしん)する。一方ルツは理系の大学に進み研究所での職を得て、男性たちとの恋愛遍歴を重ねつつ、独身生活の孤独と気楽さを享受している。並行する時間の中、わずかな選択の違いから全く異なる人生を生き、時には同じ感慨にふけったりする二人。その歩みを追ううち、選択の積み重ねが自分の道を作っているという手応えと、その道は実は環境や人間関係によって選ばされたものであって、かつどの道を行こうが起こることは既に定められているのではないかという疑念が、不思議と矛盾せずなじんでいくのを感じる。そしてそのような主体のはっきりしない選択の結果、どすんと現前してしまっている今この時間この場所の、なんとまあ頼りなく、ありがたく、やっかいなことよと、また途方に暮れてしまうのだ。

 二人の生きた長い時間を見届けた後は、『森へ行きましょう』というタイトルが心の深くまで響いてくる。するとそれに応えるように、いたかもしれない幾人もの自分が互いに手を握り、輪を作り、共に歩もう、と影の中から歌いかけてくるのが聴こえる気がして、嬉(うれ)しくなる。

 ◇かわかみ・ひろみ=1958年東京都生まれ。作家。『蛇を踏む』で芥川賞、『水声』で読売文学賞。

 日本経済新聞出版社 1700円

読売新聞
2017年11月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加