『大学病院の奈落』 高梨ゆき子著

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大学病院の奈落

『大学病院の奈落』

著者
高梨 ゆき子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784062207584
発売日
2017/08/25
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『大学病院の奈落』 高梨ゆき子著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

ゆがんだ組織の力学

 今からちょうど3年前の11月14日、一つのスクープ記事が読売新聞紙上に掲載された。

〈腹腔(ふくくう)鏡手術後8人死亡 高難度の肝切除 同一医師が執刀 群馬大病院〉

 見出しにそう打たれた記事は、同病院の第二外科で起こっていた医療事故の実態を明らかにし、翌年の新聞協会賞を受賞する。本書はその調査報道の中心となった記者が、一連の問題の深層をつぶさに描いたノンフィクションだ。

 なぜ群馬大学病院では、技術の未熟な外科医が高リスクな手術を行い続けたのか。それを止めることができなかったのはどうしてなのか。

 問題の背景が取材によって明らかにされればされるほど、医療のあり方が様々な局面で問われるこの時代に、いまだにこんな異様な世界があったのか、と唖然(あぜん)とした。

 ほぼ同じ領域を担当しているにもかかわらず、互いに反発し合う第一外科と第二外科。ポストをめぐって怪文書が飛び交う医局の政治紛争。そのなかで有望だった医師は立ち去り、患者や家族は置き去りにされていく――。

 立ち戻るきっかけになり得たはずのいくつもの地点が、外から見れば呆(あき)れるような対立や功名心によって無視されたことが、本書を読むとよく分かる。そこにいる誰もが「医療」とは誰のためにあり、どのようにあるべきかという本質を問おうとしない様子に、組織とはときにこのようにおかしくなってしまうのか、と読者は戦慄(せんりつ)を覚えるはずだ。

 問題の執刀医は必ずしも野心的な人物ではなく、周囲から「真面目」と評される物静かなタイプだったようだ。だが、歪(ゆが)んだ組織の力学に取り込まれるように、その凡庸な医師が一連の手術死の当事者となっていく過程が恐ろしい。そうした状況を生み出した問題の複雑な構造を浮かび上がらせた本書は、医療をめぐる議論だけではなく、様々な組織のあり方を考える際にも多くの教訓を与えてくれる一冊だろう。

 ◇たかなし・ゆきこ=1992年読売新聞社入社。山形支局、社会部などを経て現・東京本社医療部。

 講談社 1600円

読売新聞
2017年11月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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