『清張鉄道1万3500キロ』
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清張の鉄道場面にこだわった画期的な研究
[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)
鉄道ミステリーはもともと嫌いではないが、鉄道自体に興味を持ったのは、宮脇俊三の『時刻表2万キロ』に出会ってからだった。以来、鉄道に関する読み物が好物となり、路線図を眺めてはニヤニヤするようになった。だが最近は廃線や第三セクター化が進み、特に北海道のまばらな路線図を見るたびに寂しさが募ってくる。そんなミステリー好きの「読み鉄」にうってつけの本が出た。著者は元朝日新聞の記者。小倉にある松本清張記念館が公募している、第十七回松本清張研究奨励事業に入選した作品に加筆したものが本書である。
膨大な清張作品の中から「西郷札」に始まり「犯罪の回送」で終わる、およそ三二〇編の現代小説をピックアップし、作中の登場人物たちが乗車した鉄道を調べ、彼らが初乗りした路線を拾い上げては、乗車距離を記録し白地図に路線図を書き込んでいく。
車窓の風景描写に登場人物の心象を反映させる清張の手法が、早くも二作目の「火の記憶」から登場することを指摘するなど、鉄道を介して松本清張の小説作法や、ひいては社会の変遷までを読み取っていく。長時間にわたる列車の旅は異なる時空間を繋ぐタイムトンネルの効果を持つと説き、愛した女に逢うため故郷に逃げる容疑者は過去へ、遅れて同じ路線で彼を追う刑事は、容疑者逮捕という未来へ向かっているという、初期の代表短編である「張込み」の分析には膝を打った。
『眼の壁』や『点と線』からは、優等列車の増加が快適な旅を希求する時代になったこと、他にも武蔵野など往事の風景が克明な描写の中に残されていることの貴重さなど鋭い指摘も多い。鉄道から清張作品に新たな光を当てた労作といえるだろう。