高架からの眺めの向こうに、無数の暮らし『高架線』 滝口悠生

レビュー

6
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高架線

『高架線』

著者
滝口 悠生 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062207591
発売日
2017/09/28
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

高架からの眺めの向こうに、無数の暮らし

[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)

〈部屋には代々の住人たちの暮らしの跡、傷だの、匂いだの、汚れだのが、至るところに残っていた〉。老朽化著しい木造二階建ての〈かたばみ荘〉が、『高架線』の舞台だ。建物に色濃く残る問わず語りの気配によって、住んでは去っていった人々の脳裏に、思い出がずるずると呼び覚まされる。

 かたばみ荘には、自分が退去する際には新しい住人を紹介しなくてはいけないという変わったルールがあって、結果、歴代住人たちはみな何らかの形で“うっすらとした知り合い”になってしまう。そんな彼らの、誰かの記憶が別の語り手の記憶と交差し、リレーされ、思い出の領海は広がっていく。

 七人の語りの中心軸は、片川三郎というバンドマンの失踪騒ぎだ。最初に語り始めるのは、大学時代から四年半、かたばみ荘に住んだ新井田千一。彼はサークルの後輩つながりで片川に部屋を譲るのだが、大家から、片川の代わりにあの部屋をどうにかしてくれないかと相談され、彼の消息をたどるはめになる。新井田の次には、片川の幼馴染みの七見歩が、さらに七見歩の妻の七見奈緒子や、二〇一〇年秋からかたばみ荘に住み始めた峠茶太郎が……という具合に、各人がどこに向かっていくのかわからない語りを紡ぐ。だが、片川の半生や映画「蒲田行進曲」や震災といった思いがけない話と同じくらい、文通相手だのヤクザの情婦だのの、思い出とも呼べないような記憶の断片が、不意打ちで蘇るさまが印象深い。それもまた、人の営みのピースだからだ。物語は終盤、かたばみ荘をめぐるいくつもの秘密が一気にあふれ出し、その歴史にも仰天する。奇妙なことに、話者はみな語り始めの冒頭で必ず名乗る。しかも、語りが途切れるたびに、何度も名乗る。それはなぜなのか。痛快なその仕掛けも含め、本当に本書には驚かされてばかりだ。

光文社 小説宝石
2017年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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