カルデラに取り残されたニート青年 「野生」を味わう一冊

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肉弾

『肉弾』

著者
河崎 秋子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041053829
発売日
2017/10/06
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人、熊、犬、3者の命が美しい線描画のように絡み合う

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 著者のデビュー作『颶風(ぐふう)の王』には驚かされた。六つの世代を紡ぐ人間と馬の運命にページを繰る手が止まらなかった。待ち望んだ第二作では、再び人間と動物に焦点を絞る。

 キミヤはワンマンな父親・龍一郎に北海道まで連れられてきた。目的は狩猟。入学した大学にも行かず引きこもりになっているキミヤに銃の所持許可証と狩猟免許を取らせたのは父だった。ニートに陥った息子を立ち直らせるためだったが、キミヤは父に反抗する気力も主体性も失っていた。

 自らを「呪われている」、父の「劣化コピー」と蔑(さげす)むキミヤ。彼がそうなってしまった過程が明かされる度にため息が出た。父はいわゆる毒親だろう。生活力がないキミヤは、父から離れられない。そんな不幸な父子の運命は、カルデラの山奥深くで爆(は)ぜる。

 カルデラには二種類の動物が人間を待ち受けていた。片方は人肉の味を覚えた野生の熊、もう片方は人間に捨てられた元飼い犬の群れ。小さなチワワまでが人間に牙を剥く。

 人、熊、犬、これらが同等に描かれる中で浮かび上がるのは、どうしようもない人間のエゴだ。人間の都合で庇護され、あるいは捨てられ、感情を無視される。その結果として山奥深くに生まれた生態系。そこにいるはずのない命が投げ込まれた場所だった。

 カルデラにひとり取り残され、逃げ場のない絶望と恐怖から一旦命を絶とうとしたキミヤが、犬に襲われて初めて戦う場面が印象的だ。

「どうせ死ぬなら、死に物狂いで死んでやる。リタイアなんて金輪際ご免だ」

 死んだも同然だったニート青年が、生に目覚めた瞬間だ。

 食うか食われるかの世界で生きるためには、食う側になるしかない。たとえ熊が相手でも戦わなければ食われるだけだ。キミヤが自らの野性を爆発させるときは、不思議な高揚感が漂う。まるで森の支配者のように研ぎ澄まされた感覚を武器にするキミヤは、以前の彼とは違っていた。

 そんなキミヤに従ってしまう犬たちのボス・ラウダは、かつて人間に愛された過去を思い出させて胸が詰まった。

 どの命も、ただ一つの美しい線描画のようだ。生きるために描いた線は他の生物と絡まり合い、ある線は淘汰され、また新たな線が生まれていく。ここには名前も立場もなく、ただ「野生」の命があるだけ。

 この「野生」を生のまま味わって、いや、読んで欲しい。

新潮社 週刊新潮
2017年11月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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