謎解きにもうひと捻り「タイムスリップ」もの “八丁堀のおゆう”シリーズ

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  • 大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ

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タイムスリップもの 謎解きにもうひと捻り

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 現代人が過去の世界を訪れる、というタイムスリップものとミステリを融合させた小説がある。

 例えば大学受験に失敗した青年が「二・二六事件」直前の帝都に迷い込むという、宮部みゆきの『蒲生邸事件』(文春文庫、上下巻)。陸軍大将の邸宅で起こった事件の謎解きに興じながら、歴史の持つ意味についても深く考えさせられる。

 海外では不可能犯罪の巨匠、ジョン・ディクスン・カーが『火よ燃えろ!』『ビロードの悪魔』といった作品で古くから取り組んでいるが、その孫娘であるシェリー・ディクスン・カーも、ヴィクトリア朝の殺人鬼と現代っ子が対決する『ザ・リッパー 切り裂きジャックの秘密』(駒月雅子訳、扶桑社ミステリー、上下巻)を書いている。

 こうしたタイムスリップ・ミステリの中で新たな趣向に挑んだのが山本巧次〈大江戸科学捜査八丁堀のおゆう〉シリーズだ。

 主人公の関口優佳は、亡き祖母の家から二百年前の時代に通ずるタイムトンネルを見つけたことで、江戸の町人“おゆう”としての生活も送るようになった元OL。彼女は現代科学の力を借りて、江戸で起こる奇妙な事件を解き明かそうとする。問題は科学捜査で突き止めた真相を、江戸の人々にどう伝えるのかということ。毎回、探偵役が推理を説明する過程で試行錯誤する点が謎解き小説としての新味をもたらし、他のタイムスリップものにはない魅力を放っているのだ。

 四作目の『北斎に聞いてみろ』で優佳が追うのは、現代で葛飾北斎の肉筆画に持ち上がった贋作疑惑。偽物か本物かの判別をするために、優佳は江戸で北斎本人に直接尋ねようとする。しかし調査を始めた矢先、思わぬ事件に巻き込まれる羽目になる。

 江戸時代の事件を現代科学で、というシリーズのパターンを逆手に取り、謎解きのプロセスにもうひと捻り加えているところが実に巧い。北斎の娘・阿栄など、登場人物たちの描き方に躍動感があるのも読ませる。今後も期待の謎解きシリーズだ。

新潮社 週刊新潮
2017年11月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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