【文庫双六】「寛」つながりで、子母澤寛の次は菊池寛――梯久美子

レビュー

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藤十郎の恋・恩讐の彼方に

『藤十郎の恋・恩讐の彼方に』

著者
菊池 寛 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101028019
発売日
1970/03/27
価格
649円(税込)

書籍情報:openBD

「寛」つながりで、子母澤寛の次は菊池寛

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

【前回の文庫双六】子母澤寛が記者時代に聞き書きしたグルメ談義――川本三郎
https://www.bookbang.jp/review/article/541971

 ***

「寛」つながりで、子母澤寛の次は菊池寛。子母澤は1962年に菊池寛賞を受けているという縁もある。

 菊池寛の歴史ものの代表作を集めた『藤十郎の恋・恩讐の彼方に』。自分の話になって恐縮だが、表題作の「藤十郎の恋」には思い入れがある。

 昨年、私は『狂うひと』という本を出した。『死の棘』で知られる島尾敏雄の妻で、自らも作家だった島尾ミホの評伝である。『死の棘』は、夫に愛人がいることを知った妻が狂乱するさまを克明に描いた私小説。そこに登場する愛人の消息を追いかけ、特定したことが私の本の柱の一つになっているのだが、そのきっかけが、島尾と戦前から交流のあった作家の松原一枝が洩らした「島尾さんのあの浮気は、実は藤十郎の恋だった」という言葉だった。

「藤十郎の恋」は、元禄期の名優坂田藤十郎が、芸のために人妻のお梶に恋を仕掛ける話である。お梶は結局自死し、一方で藤十郎の芸は絶賛される。

 つまり松原は、島尾の浮気は小説のためだったと言ったのだ。なぜ松原がそう思うようになったのかを探るうちに、それまで謎とされていた愛人が誰だったのかにたどり着いた。

 改めてこの作品を読むと、藤十郎は恋を「仕掛けた」だけであって、お梶と一線を超えていないことがわかる。なのになぜお梶は自死したのか。当時の女性の「恥」と「罪」の感覚が簡潔な表現から伝わり、やはりさすがの名作である。

 この文庫には「忠直卿行状記」「入れ札」といったよく知られた作品も収録されている。解説は吉川英治となっているが、実はこれ、昭和23年の本書の初版時(『忠直卿行状記』として刊行)に菊池寛本人が書いたものだという。

 終戦後という時代背景もあってか「(収録作からは)菊池氏が、リベラリストとして、その創作によって封建思想の打破に努めていたことがハッキリする」などとあり、この解説だけでも一読の価値がある。

新潮社 週刊新潮
2017年11月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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