ストーカー被害者と“相手方” ふたつの視点で恐怖を浮き彫りに

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消えない月

『消えない月』

著者
畑野 智美 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103394822
発売日
2017/09/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

〈ストーカー〉の恐怖を描いた渾身の衝撃作

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 警視庁がストーカー被害を未然に防ぐ目的で作った「Cafe Mizen」という情報発信ポータルサイトがある。警察に相談する際の留意点について説明するページで、つきまとわれている人は「被害者」と書かれているのに、つきまとっているほうは「相手方」と呼ばれていることに驚いた。このいびつな関係に、ストーカー問題の難しさが表れている。『消えない月』は、加害者意識がないゆえに恐ろしい「相手方」の心理を、「被害者」の視点と対比することによって浮き彫りにした長編小説だ。

 マッサージ師として働くさくらは、ある日、常連客の松原に告白される。背が高く顔立ちも整っていて、大手出版社に勤務しているという彼にさくらも好感を持っていた。二人はつきあい始めるが、松原はさくらのスマホから男の連絡先を削除し、思い通りにならないことがあるとすぐ激高して、彼女の話はまったく聞こうとしない。恐怖をおぼえるようになったさくらは、彼に〈別れたい〉とメッセージを送る。

 しかし松原は別れを受け入れない。面と向かって〈あなたのこと、もう好きじゃないの〉と言われながら、すべてを自分の都合のいいように解釈して、現実を歪めてしまう。説得しても彼女の意志が変わらないことがわかると、〈さくらに対する罰〉と称して攻撃を仕掛けていく。自分が正しいと信じているから、決して諦めないし、手段も選ばない。作中に登場する警察官の〈相手に会い、自分の怒りをぶつけるために、ストーカーは努力します。警察よりも被害者よりも、努力します〉というセリフに心底ぞっとした。

 さくらだって、もちろん努力している。ただ、彼女には松原のような自信がない。以前の職場で客につきまとわれたときの苦い経験があるからだ。被害者を追い詰める月は、ストーカーだけではない。ストーカーもまた、別の月を見ている。誰でも月になる可能性があり、どこにでも月はのぼるのだ。

新潮社 週刊新潮
2017年11月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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