【文庫双六】直木賞に名を残すその作家の代表作――北上次郎

レビュー

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南国太平記 上

『南国太平記 上』

著者
直木, 三十五, 1891-1934
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041063477
価格
1,320円(税込)

書籍情報:openBD

【文庫双六】直木賞に名を残すその作家の代表作――北上次郎

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

【前回の文庫双六】「寛」つながりで、子母澤寛の次は菊池寛――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/542763

 ***

 直木三十五『南国太平記』(角川文庫)が11月25日に刊行される。本誌の発売直後だとまだ書店に並んでいないのだが、菊池寛からバトンを受ける週に、直木三十五の代表作が復刊されるなんて偶然はそうあるものではない。ややフライング気味ではあるけれど、許されたい。菊池寛と直木三十五の関係はいまさら書くまでもない。

 直木三十五のこの代表作は、1953年に春陽文庫、60年に新潮文庫、79年に角川文庫、97年に講談社文庫と、文庫としては戦後4回上梓されているがどれも絶版。書名だけは知られているものの、未読の読者も多いのではないかと思う。

 初刊は昭和6年であるから86年前の作品である。にもかかわらず、いまでも面白いのだから驚異的といっていい。内容的には薩摩藩の内紛を描いた長編である。いわゆる「お由羅騒動」だ。第27代当主島津斉興の愛妾お由羅の方が実子・久光への家督相続を画策して、改革派と対立するというお家騒動である。背景にあるのは幕末維新の激動史で、その波瀾万丈の背景が、前面のドラマをよりリアルにしているのがいいし、さらにわき役たちのキャラが立ちまくり。そしていちばんは読点を多用して独特のリズムをつくり、そのために読みやすいこと。おまけの一つはとても現代的であることだろう。たとえば、こんな剣劇のシーンがある。

「山内は、強く、短く、唸(うな)った。二つの刀が白くきらっと人々の眼に閃いた瞬間、血が三、四尺も、ポンプから噴出する水のような勢いで、真直ぐに奔騰(ほんとう)した。そして、雨のように砕けて降りかかった」

 黒澤明の「椿三十郎」のラストシーンを彷彿する鮮烈な場面である。「椿三十郎」は62年の公開であるから、その30年以上も前に直木三十五は先取りしていたことになる。昭和初期の時代小説には吉川英治の諸作がそうであるようにいま読んでも面白いものが多いのだが、『南国太平記』もそういう一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2017年11月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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