対等だったファースト・コンタクト 『バテレンの世紀』

レビュー

4
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バテレンの世紀

『バテレンの世紀』

著者
渡辺 京二 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103513216
発売日
2017/11/30
価格
3,456円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

対等だったファースト・コンタクト

[レビュアー] 新保祐司(文芸批評家)

 一五四三年、三人のポルトガル人が中国船に乗って種子島に漂着してから、一六三九年いわゆる「鎖国令」の完成に至る約一世紀は、英国の極東史家によって「日本におけるキリスト教の世紀」とされているが、本書は、この日本史上極めて興味深い「キリシタンの世紀」を詳細に描いた労作である。渡辺京二氏は、これを十年余の長きにわたり、月刊誌に連載したのである。

 何故興味深いかといえば、これが、日本と西洋の遭遇としてのファースト・コンタクトだったからである。平成三十年(二〇一八)は、明治百五十年にあたるので、様々な回顧が行われることになるだろうが、明治の開国は、日本と西洋の遭遇としてはセカンド・コンタクトであった。このセカンド・コンタクトについては、名著『逝きし世の面影』をはじめとする多くの著作を氏はものしてきた。そういう氏であるからこそ、ファースト・コンタクトについての「歴史叙述の大作」が書けたのである。「歴史叙述は詳しいほど面白いからだ。」と氏は「あとがき」に書いている。

 今、「歴史叙述」の書といって、「歴史書」と記さなかったのは、氏が歴史の研究書としての「歴史書」とははっきり違いを意識しているからである。「それはギリシア史の教科書と、ヘロドトス、トゥキュディデスを読み較べればわかる。」と書いている。「歴史叙述」の傑作としては、幕末維新期の歴史を描いた大佛次郎の『天皇の世紀』が頭に浮かぶ。氏が、本書を『バテレンの世紀』と題したとき、『天皇の世紀』の「歴史叙述」を先達の偉業として意識していたかもしれない。

 本書の魅力としては、やはり氏ならではの視点からの叙述があることであろう。このファースト・コンタクトの歴史は、いつもセカンド・コンタクトとの比較において回想されているのである。

「最初の出遭いのとき、両者の関係は対等であった。いや対等というより、遠く母国から数千里を距てて、当時武力充実していたこの国を訪れた彼らは、とくに秀吉・家康の統一政権成立ののちは、政権の意向に阿諛迎合を強いられさえした。だが二世紀半ののち再び出現した彼らは居丈高だった。彼らは幕閣の要人を、まるで丁稚小僧に対するように怒鳴り散らしたのである。」

「対等であった」ファースト・コンタクトの一世紀の歴史は、徳川幕府の徹底した政策によって日本人の記憶から失われていたのである。本書の書き出しの文章は、印象的なもので、名文といっていいであろう。

「第二の出遭いの前に、第一の出遭いがあった。だが二度目の出遭いを迎えたとき、最初の出遭いの記憶はすでに遠い忘却の彼方へ消え去っていた。」

 セカンド・コンタクトのときに「丁稚小僧」として扱われた日本人は、ファースト・コンタクトについても「対等であった」ことを「忘却」して、西洋に「阿諛迎合」した「キリシタン史」に泥んでしまった。それに対して、渡辺氏は次のように「明治以来の因襲」を批判している。ヴィレラというパードレが、平戸で信者に神社仏閣から偶像や書物を運び出させ、海岸に積みあげて火を放った。仏僧が怒り、領主松浦隆信に訴え、隆信がヴィレラを追放した事件に触れて次のように書いている。

「近時はそういう風潮もよほど薄らいだが、ひところまでキリシタン史の叙述者は、宣教師に好意的だったり入信したりした者を肯定的に扱い、宣教に好意を持たぬ領主や仏僧を悪玉視する傾向があった。だが考えてもみよ。日本の仏教ミッションがヨーロッパの一角に上陸し、教会堂からイエス像や聖書を持ち出して焼いたならば、騒ぎはこの時の平戸の比ではあるまい。それを思えば、隆信の反応は甚だ穏やかなものだといわねばならない。隆信を悪玉視するのは欧米の文明を人類の正道と信じ、その移入に抵抗する者を反動ときめつける明治以来の因襲であろう。」

「だが考えてもみよ」というのは、渡辺氏の多くの著作から聞こえてくる声であり、氏は、この「明治以来の因襲」から日本人の精神を解放する。ハンチントンの『文明の衝突』がますます現実化している今日、日本文明と西欧文明の最初の「文明の衝突」としてのファースト・コンタクトの歴史を知る上で、本書は必読の書である。

 もうひとつ、氏らしい鋭い指摘を挙げるならば、イエズス会の聖イグナチオの『霊操』に触れて、イエズス会は、マルクス主義前衛政党を彷彿とさせる戦闘部隊だったとしていることである。こういう眼力は、氏の真骨頂であろう。

新潮社 波
2017年12月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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