パリへ行ったときには? 『新生オルセー美術館』

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

新生オルセー美術館 = Le Nouvel Orsay

『新生オルセー美術館 = Le Nouvel Orsay』

著者
高橋, 明也, 1953-
出版社
新潮社
ISBN
9784106022739
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

パリへ行ったときには?

[レビュアー] 高橋明也(三菱一号館美術館館長)

 パリに行くと、というか、もっと一般的に欧米に行くと、と言い換えてもよいが、とにかく日本にいるときにはめったに足を運ばないような人でも、海外旅行に出かければついつい訪れてしまうのが美術館である。私のような人間は商売柄、それこそ世界中の美術館をしらみつぶしに歩いている。でも一般の観光客の方々の多くは、おそらく日本では通常ありえないほどの絵や彫刻を短時間に見て、いい加減疲れ果て、辟易することもしばしばではないかと想像する。ではなぜそれほど美術館が欧米、そしてパリでは街の真ん中にあり、ひたすら観光客を呼び込んでいるのだろうか?

 よく知られているように、とりわけパリは美術の都として君臨して久しい。もちろん、フィレンツェ、マドリード、ロンドン、ニューヨーク……と、他にも立派な美術館のある街は多々あるが、古代、中世、ルネサンス、バロック、ロココ……と継続的に良質の美術作品を生み出し、加えて19世紀から20世紀にかけて、印象派以降のあらゆる美術運動の中心として爆発的な力をもった街は、世界広しと言えど、パリだけなのだ。

 でもそれだけではパリの美術館の説明にはならない。フランス大革命を契機として、国の諸制度の中心に国民の共有財産として、「ルーヴル美術館」が設置されたという歴史が重要なのだ。市民社会の真ん中にありつつ国民国家の制度の中核を担う、そんな美術館という組織に収められた美術品もまた、多彩な個性をもちながらも、公私にわたり深く社会生活に結びついている。そしてその延長線上に現代美術を扱う「ポンピドゥー・センター」ができ、さらに1986年にミッテラン大統領の「大計画(グラン・プロジェ)」の一環として開館したのが、ルーヴルとポンピドゥー・センターをつなぐ「19世紀美術館」としてのオルセー美術館だ。だから、パリの美術館というのは元来、ひどく政治的であり政策的なのだ。決してただの文化センターではない。国民のアイデンティティーの中心にあると同時に、海外に向けてのショーウインドーでもあるのだ。

 私は1984年から86年にかけて、縁あってこの美術館の準備室に籍を置き、新美術館の立ち上げを間近で見る機会に恵まれたのだが、このオルセーも2016年12月に30周年を迎え、さまざまな変化が出ている。

 世界最大級の19世紀美術の専門館として、常に世界でもトップ・テンに入るほどの集客力を見せるこの美術館の、最近とみに切れ味を見せる企画展はたいへん興味深い。だがしかし、圧倒的な魅力を放つのは、やはりその常設コレクションである。本書では、オルセー美術館の代表作を、定番の年代別ではなく新たな視点からテーマに纏めながら、新収蔵の作品を加えて渉猟する。ある意味で、気ままな美術体験を提供するような体裁の本にも見えるかもしれないが、30年を経てさらに脱皮しようとするオルセー美術館の、新たな案内人(チチェローネ)として手にとっていただければ幸甚である。

新潮社 波
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク