誰にもバレずに話す誰でもわかる方法

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誰にもバレずに話す誰でもわかる方法

[レビュアー] 小飼弾

 技術の進歩というものは、かつて特権階級限定だった恩恵が誰でも享受できると同時に、特権階級限定だったはずの贅沢な悩みに誰もが苦しめられることでもある。ルーズベルトとチャーチルが大西洋をはさんで会談するための技術が、女子高生たちがチャットするために惜しみなく投じられている。話ができるだけではダメなのだ。盗み聞きできてしまっては。英米首脳がナチスの盗聴を心配するのも、女子高生たちが親バレを心配するのも技術的には同じ課題である。

 誰からも見える場で、他の誰にもわからぬよう会話する。LTEもWi-FiもBluetoothも無線だが、電波は四方八方に広がる。送受信なら誰でもできる。お互いだけを繋げるにはどうすればよいか? 送信者が受信者にしか「解錠」できないよう「施錠」してから発信すればよい。それを可能にするのが暗号技術であり、よって全現代人はその恩恵を受けていると同時に、それを破られるリスクにさらされている。

 暗号自体は有史以前から存在するが、現代の暗号がこれまでと決定的に異なるのは、その仕組みが全て公開されているということである。錠は誰にも作れる。その仕組みは、神永正博の250ページに満たない『現代暗号入門』に収まるほど簡潔で、しかしエニグマを破ったチューリングにも破れぬほど強力で、にもかかわらず挑戦者が後をたたないほどの魅力がある。暗号こそ文字通りの意味で現代を読み解く鍵なのだ。

新潮社 週刊新潮
2017年12月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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