元気が出てくる家族小説のニューウェーブだ

レビュー

4
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鍼灸日和

『鍼灸日和』

著者
未上 夕二 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041057186
発売日
2017/11/30
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

元気が出てくる家族小説のニューウェーブだ――【書評】『鍼灸日和』北上次郎

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

 おいおい、大丈夫か。それが、本書を読み始めてしばらくしたときの正直な感想である。というのは、陶磁器メーカーの営業マンである西川道隆二十四歳の挿話からこの物語が始まるのだが、先行きが暗いのだ。取引先からは値下げを要求され、上司にその旨を伝えると、それをなんとかするのが営業の仕事だろと突っぱねられる。しかも新入社員の部下が使えない男で、ミスにミスを重ねて道隆の足を引っ張り、そのくせ自己主張だけはするから腹が立つ。

 家に帰ると母親は病気で臥せっていて、頭をごんごん壁にぶつける音がする。三つ年上の姉道瑠は幼いときから体が弱く、高校を卒業してからずっと家にいる。家事手伝いといえば聞こえはいいが、実質はニート状態。単身赴任中の父親は滅多に帰ってこないし、若いときにさっさと結婚して家を出ていった次女は家に寄りつかない。そういう西川家の様子が少しずつ明らかになっていく。ようするに、道隆は仕事でも家庭でも、心が休まらないのである。いやだなあ、こんな話。この西川家のケースは世間によくある話であり、その意味でとてもリアルといっていいが、小説を読んで暗い気持ちになりたくないのだ。だから、読むのをやめちゃおうかなと思った。

 しかし、ご安心を。祖問鍼治療院の院長、祖問大慶が登場してくると、物語のトーンが一変する。この男、とにかくヘンな人物である。たとえばある日、祖問大慶が五人のガラの悪い男と揉めている現場に、道隆は遭遇する。あとで事情は判明するのだが、コンビニの床に座って雑誌を読んでいる男たちに、「ちょっと邪魔なんだけど」って注意するのが発端。注意された男の一人が「うるせえチャーシュー」と悪態をつくと、今度は祖問大慶がキレる。そのとき小太りの祖問大慶は薄いピンクのポロシャツを着ていたのだが、それが豚チックに見えたので「チャーシュー」と悪態をつかれたわけだ。

「これは豚の角煮でしょ! いくら温厚な僕でも、さすがに怒るよねっ! 台北の国立故宮博物院所蔵の肉形石を見てチャーシューなんていう不届き者は許せない。だから表に出ろなんて言っちゃったの」

 というのが祖問大慶の言い分で、怒るポイントがズレている感は免れない。ホントにヘンな男である。表に出ろって言ったって、もちろんこの小太りの男、強くないのだ。自分の力をまったくわかっていないのである。

 本書は、この祖問大慶に西川家の全員が治療を受けることになる物語だが、体がほぐれれば心もほぐれる、という美しい話ではけっしてない。もしもそうであるなら、話は簡単だが、そうはならない。残念な部下は残念なままだし、西川家の悩みもなくならない。簡単に解決するほど、事態は甘くない。しかし、祖問大慶の治療はこの家族が変わるきっかけになる。たとえば、次の祖問大慶の言葉に留意。

「なんか面倒くさい家族だね、あんたら」

「五志っていってさ、怒ったり、喜んだり、悩んだり、考えすぎたり、あんたみたいにビビリ過ぎたりしたら、体が病んじゃうんだよね。この家のみんな、五志病みすぎ」

 心と体には密接な関係があるとは東洋医学の考えだが、では心と体の健康を取り戻すにはどうしたらいいのか。祖問大慶に導かれて西川家のみんなが壮絶な大喧嘩に突入するラスト近くの展開を見られたい。荒療治ではあるのだが、しかし一度ぶつかったほうがいいという祖問大慶の考えは正しい。このあと彼らがどうなるかは読んでのお楽しみにしておくが、うまいな未上夕二。

 この作家は、二〇一四年に『心中おサトリ申し上げます』で第五回の野性時代フロンティア文学賞を受賞してデビューしたが、その受賞作は奇想天外で軽妙で、そして物悲しくて最後には温かな気持ちになるという物語だった。才能豊かな新人の登場であった。本書はその未上夕二の第二作で、私たちの現実がどんなにしんどくても、しかし必ず道はあるという希望をくっきりと描いている。元気が出てくる小説だ。家族小説のニューウェーブだ。

KADOKAWA 本の旅人
2017年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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