ありふれた行為が、かけがえのない奇跡のように

レビュー

6
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悲しい話は終わりにしよう

『悲しい話は終わりにしよう』

著者
小嶋 陽太郎 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041062319
発売日
2017/11/29
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ありふれた行為が、かけがえのない奇跡のように――【書評】『悲しい話は終わりにしよう』吉田大助

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 新しい青春小説の書き手として知られている小嶋陽太郎の、今回もその系譜にあるとひとまず言うことのできる最新長編『悲しい話は終わりにしよう』は、これまでとはだいぶ様子が違う。ファンタジックな要素が排除され、チャーミングさは息を潜めている。そして、平熱——登場人物たちの世界や人生に対する肯定感や積極性、期待や希望——が低い。プロローグに当たる、冒頭の四ページが象徴的だ。男はさっきまで夢の中で、〈よく晴れただだっ広い草原〉に座り親友と〈とにかく何かについて熱心に話し込んでいた〉のに、現実では〈大学附属図書館の三階にある古い小豆色のソファの上。無数の小石が降るような激しい雨音と蛍光灯の白い光。あと数日で二十一になる怠さに満ちた体〉。以降もこの温度が、作品のベースとなる。

 本編開幕と共に時間が巻き戻され、彼の名前は「市川」であることが明かされる。長野県の松本で生まれ育った彼は二〇一〇年の今、地元の信州大学に現役で進学した。〈半径十キロメートルで完結する人生。でもそのことを恥ずかしいと思ったことはないし、誇らしいと思ったこともない〉。退屈で味気ない大学生活は、キャンパスで偶然声をかけてきた広崎のおかげで少しだけマシになった。ある日、自分たちと同じように退屈を持て余していた同級生の女の子・吉岡と出会う。夜の公園で、一枚の板チョコを分け合い友情の契りを交わすシーンが心地いい。はみ出し者の三人が巡り合えた奇跡を、素直に応援したくなる。だが、男二人に女一人という構成は、ある関係性への突入を否応無しに想像させる。物語は、それに応える。

 大学生の「市川」を語り手に据えたパートの他にもうひとつ、中学生の「佐野」を語り手に据えたパートも登場する。中学一年の時に父を亡くし、その直後に教室で起こした事件のせいで〈誰もが僕から物理的にも精神的にも距離を置いた〉。そんな彼に唯一手を差し伸べてくれたのが、誰からも好かれ頼られ、勉強も運動もできる「完璧」なクラスメイトの奥村だった。帰宅部の彼は、「放課後勉強クラブ」に入っていると言う。「いまなら好待遇、入部と同時に副部長になれる」。その一年後、野良猫のような目をした転校生の少女・沖田が三人目の部員になる。そう、こちらも男二人に女一人。もうひとつの三角関係が生まれる。

 物語は、二つのパートをシャッフルしながら進んでいく。どちらのパートも、自分の感情を恋愛と名付けられない登場人物たちの臆病さと、特殊な事情とが絡み合い、ひりひりした痛みが持続する。でも、そこにはちゃんと、ときめきがある。幸せがある。平熱が低い人は、体温計の数字が三七度を少しでも超えると「熱が出た」と感じる。作者は主要登場人物たちの平熱を下げることで、見る人によってはかすかな熱や光としか感じられないものを、かけがえのない奇跡だと感じさせる演出に成功している。

 もちろん、二つのパート、二つの三角関係は、ある時点で交錯する。その瞬間、すべての謎——というよりも、違和感——が解き明かされる。それは「トリック」と呼んで差し支えないし、過去作以上に「伏線」と呼ばれる描写も数多く取り入れられているが、作者は読者を驚かせることを意図していないのではないか。バレたってぜんぜんいい。ただし、物語の中にミステリー的なフックを仕込み好奇心をくすぐることで、読者を必ずその地点まで連れて行く。そして、その地点から一気にドラマのギアを上げる。ありふれた、本当にありふれた日常的なあるひとつの行為が、とてつもない感情を爆発させることになる。

 ミステリー(推理小説)とは呼ばれないが、人間の心の謎というテーマからもたらされる必然的な帰結として、ミステリーの構造や演出が採用されることの多い吉田修一や角田光代、中村文則の小説を思い出した。小嶋陽太郎が、彼らに連なる作家であると多くの人々が気付いたきっかけは、本作だったとのちに語られることになるだろう。

KADOKAWA 本の旅人
2017年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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