吉川永青・インタビュー 執筆の背景や創作の秘密を語る 『龍の右目 伊達成実伝』刊行記念

インタビュー

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龍の右目

『龍の右目』

著者
吉川 永青 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413152
発売日
2017/11/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【特集 吉川永青の世界】特別インタビュー

[文] 石井美由貴

吉川永青
吉川永青

デビュー以来、数々の賞の候補作・受賞作になる質の高い歴史小説を刊行し続けている吉川永青。その執筆作にまた新たなる新作が加わった。『龍の右目 伊達成実伝』。伊達政宗という戦国一の猛将を支えた男の生涯とは? インタビューでその執筆の背景や創作の秘密を語っていただいた。

 ***

――角川春樹事務所では初の刊行となりました。そこで、まずはこれまでの経緯をお伺いします。43歳でデビューされましたが、以前はサラリーマンだったそうですね。作家を志したのはいつ頃でしょう。
吉川永青(以下、吉川) もともと小説家になるつもりはなかったんです。会社員として出世してやろうと思っていたぐらいなんですが、だんだん精神的にキツくなってしまって。ずっと裏方だったからか、想像力が足りなかったのか、僕のやっている仕事で誰が喜ぶんだろうと考えるようになり……。じゃあ、会社を辞めて何ができるか。何もない。ただ、文章を書く力は少しだけ尖っているかもしれないと思いました。インターネットで笑い話の雑文を書いていた時期があった。自分が書きたいものを書くという完全な趣味の世界でしたけど、楽しかった。それで小説を書いてみようと。37歳のときでした。家内も、「俺は作家になるから」と言うと、普通は「はっ?」となると思うんですけど、「うん、わかった」と(笑)。

――意外な発言ばかりですが、中でも奥様には驚かされます。でも確信があったんでしょうね。
吉川 いえ、家内から見ても、僕が相当に参っているのがわかっていたそうです。だったら、ものになろうとなるまいと、やりたいと思えることに向かう方がいいと思ったようですね。そうして創作活動が始まり、二〇一〇年に『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で小説現代長編新人賞奨励賞を頂戴し翌年デビューして、今に至るという感じです。

――デビューから一貫して歴史小説を手がけられています。武将などを主人公にしたそれらの作品はいずれも骨太で読みごたえがありますが、同時に丁寧な人物描写も印象的です。理想とする人物像、あるいは好きな武将などはいますか。
吉川 好き嫌いで書くことはあまりありません。執筆にあたっては、まずテーマを決めて、そのテーマを体現できる人は誰だろうと調べていくんですね。で、この人がいたという感じ。テーマにしているのは人間の心模様とでも言えばいいでしょうか。人間の心って面白いじゃないですか。ずっと好きだったのに、ある一点から急に嫌いになったり。そういう人の心、心のあり様を主題にして書くことが多いですね。『龍の右目』もそうで、心の繋がりをテーマにしています。

――『龍の右目』の主人公・伊達成実は、片倉景綱とともに伊達家の双璧と言われ、政宗を支えた人です。ただ、これまでメインとして取り上げられることは少なかった人物でもありますね。
吉川 角川春樹社長から「知られざる名将を描いてほしい」とお話をいただき、思い浮かんだのが伊達成実でした。僕が初めて成実を知ったのは高校生の時に見た大河ドラマの「独眼竜政宗」で、三浦友和さんが演じたのをよく覚えています。それほど詳しかったわけではないのですが、伊達政宗との関わりを考えた時、僕が書きたいと思うテーマにも合うなと。

――今作は人ありき、だと。ですが、先ほどおっしゃった“心の繋がり”を体現する人物として成実はぴったりですね。政宗との深い繋がりが伝わってきます。
吉川 成実は政宗に最も近い人物だったと思います。父方から見ると政宗の従兄弟叔父であり、母方では従兄弟にあたるというちょっとややこしい血縁ですが、年も一つしか違わないので子どもの頃などは本物の兄弟のようになりますよね。長じても、そういう顔は出てくると思いますし、ましてや、政宗はかなり子どもじみた人物で、そうした表情を見せることもできた。片倉景綱にも子どもじみた行状は見せていますが、右目を抉り出されるという体験をしてからは恐れも抱いていたはずで、対等の友達みたいな関係を築けたのは成実だけだったろうと思います。

――策略家として冷徹な一面もある政宗が、成実と一緒のときは無邪気な表情を見せていますね。しかし、そんな二人の間に少しずつ距離ができていきます。豊臣秀吉に降り、政宗の天下取りの夢が潰えてしまったあたりからぎくしゃくとして……。
吉川 政宗にとって成実は、苦しい時一緒に苦しんでくれる人、そうであってほしい人だったと思います。右目を失った政宗は野心を抱きながらも常に心細いものを抱えた状態だったと思うし、一方の成実も大やけどによって右手がほぼ使えない。実は僕も若い頃に膝のじん帯を切る大けがをし、一か月ほど足がまったく使えないことがあったんです。体に不自由な部分があると、人ってものすごく心細いんですよ。そんな時、苦しみをともに分かち合える相手がいるというのは、何よりも心強い。でもそれを成実は理解できていなかった。

――支えたいと思うあまり、言動が裏目に出ることが多くなっていきますね。この成実という人物を語る時、伊達家出奔という事実に突き当たります。政宗の右目になると誓ったはずなのに、なぜ出奔したのか。今も謎とされていますが、今回提示された吉川流の解釈は得心がいくものでした。成実だけでなく、政宗にとっても必要な時間だったのかもしれないと思えました。
吉川 成実は武力でも政宗を支えた人です。しかし、戦場で力を発揮するという自分の才能が及ばないところで世の中が動き、変わっていく。もう政宗の力になってやることができない、そう思い込んでしまったんだと思います。生真面目なんですよね、きっと。

――作品は人取橋の戦いなど有名なエピソードも多く、見せ場もたくさんありますが、プロットなどは作られるのですか。
吉川 しっかり書いていくほうだと思います。あらかじめ書くシーンを決め、それがどうして必要なのか、何のために書くのかをロードマップとして整理する。そのためのプロットですね。そして一番の考えどころは、どれだけ蹴っ飛ばせるか。細かい史実などすべてを盛り込んでしまうと間延びしたものになってしまいます。歴史ものの場合は、特に蹴っ飛ばす努力が必要なんだろうと思っています。

――ほかの作家の作品で勉強したり、刺激を受けたりということも?
吉川 お恥ずかしい話ですが、本はほとんど読みません。これまでに読んだのだって五十冊もないんじゃないかな。以前、伊東潤さんと対談の機会がありまして、伊東さんの『巨鯨の海』についての対談だったのですが、お題になっている作品なので深く読み込みました。もっと読もうとは思うのですが、創作に追われてそれどころじゃないというのが本音です(笑)。

――気になる奥様の話をもう少しだけ(笑)。作家になると宣言した吉川先生は、見事に実現され、今や歴史小説の新たな担い手として注目を集めています。何かおっしゃっていますか?
吉川 いえ何も。サラリーマンという仕事が物書きという仕事に変わっただけという意識のようですね。結婚して17年ですから。でも夫婦関係というのは小説にも生かされていて、今作で言えば成実の妻・亘理御前。亘理御前はこの物語における、人を支えるということの象徴なんです。成実が辛い状況になった時に「あなたの妻なんですから一緒に苦しませてください」といったことを言う。僕も苦しい時に、同じようなことを言ってもらいましたが、人を支えるってそういうことなんだろうと思います。

――人は誰かに支えられ、また誰かの支えにもなる。どんな時代であろうと変わることのない姿ですね。
吉川 それを感じ取ってもらえたらと思います。人は基本、薄情なものなんです。勢いがある時は頼みもしないのに寄ってきますが、ちょっと苦境に立つとみんな離れていってしまう。でも、苦境の時に力を貸してもらえたなら、自分もまた必ず力になろうとしますよね。人とはそうであってほしいと思っています。この本を読んでくださった方々が、人とより良い関係を作り上げていくための気づき……、いえ、そんな大きなものじゃないですね。なにかしら心に引っかかったり、波風を立てるきっかけとなるような、そんな登場人物がいてくれたら、この作品は成功だと思います。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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