【ニューエンタメ書評】今村翔吾『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』、松村栄子『花のお江戸で粗茶一服』ほか

レビュー

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  • 屍人荘の殺人
  • 虎の牙
  • 九紋龍 羽州ぼろ鳶組
  • サーチライトと誘蛾灯
  • ひよっこ社労士のヒナコ

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

名だたる新人賞が「該当作なし」だった一方で、弩級のデビュー作が相次いだ2017年。
〈新人〉をテーマに今年の収穫をご紹介します。

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 二〇一七年は江戸川乱歩賞や横溝正史ミステリ大賞、新潮ミステリー大賞、小説推理新人賞など名だたる新人賞が「該当作なし」という寂しい結果に終わった。これだけ見ると、ミステリ系新人は不作だったのかな、と思えてくる。だが実はその逆で、「これがデビュー作か!」と瞠目するような作品も多く出版されたのだ。
 たとえばすばる文学賞を受賞した春見朔子『そういう生き物』(集英社)やR─18文学賞の町田そのこ『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)は、ともに一般文芸ではあるがミステリ的趣向が鮮やかに使われている。メフィスト賞の宮西真冬『誰かが見ている』(講談社)は読者を掴んで放さない正統派サスペンス。鹿鳴館の舞踏会に招かれた女学生の冒険を描く滝沢志郎の『明治乙女物語』(文藝春秋)は松本清張賞受賞作だ。どれも大変レベルが高く、不作どころか豊作と言っていい。
 そしてここに来て、豊作のダメ押しとばかりに、弩級のデビュー作が相次いで刊行された。すでに各所で取り上げられているのでここではごく簡単な紹介に止めるが、定番の設定にオリジナルな奇想をぶちこんだ鮎川哲也賞受賞作の今村昌弘『屍人荘の殺人』(東京創元社)と、武田信虎の弟を主人公にした歴史小説に伝奇的趣向とミステリ的展開を取り入れた武川佑『虎の牙』(講談社)だ。ともに、ジャンルの基本をしっかり押さえた完成度の高さと新人らしいチャレンジが見事に融合した力作である。
 だが、これで終わりではない。ぜひとも紹介したい新人がふたりいる。ひとりは、今年三月に文庫書き下ろし時代小説『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』(祥伝社文庫)でデビューした今村翔吾だ。出羽新庄藩江戸屋敷の火消組頭を主人公に、一巻では火消組織の立て直しと明和の大火を、七月に出た第二巻『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』では圧力に屈しない火消の心意気と誘拐事件を描いた。そして第三巻『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』が十一月に出たばかりだ。
 目の覚めるような活躍をしながら、貧乏藩ゆえに豪華な装束を誂えられない新庄藩の火消たちは、江戸の民から「ぼろ鳶組」と呼ばれ、親しまれている。そんなぼろ鳶組の面々が今回対峙する事件は押し込みだ。火事が起きて慌てている商家に強盗に入り、家族も使用人も皆殺しにして金を奪って逃げるという集団をぼろ鳶組が追跡する。
 火事場の描写の迫力、当時の消防の仕組みや技術、組織上層部と現場の軋轢、ミステリとしての面白さ、個性的な登場人物の魅力などがすべて詰まった、実に高レベルなエンターテインメントだ。中でも注目は、火消たちの矜持である。普段は組織ごとに対立しいがみ合っている火消たちが火災現場では一致団結する、その様子と言ったら! 江戸のプロフェッショナル小説と言っていい。読んでいてここまで血が滾る時代小説はめったにないぞ。これが今年デビューしたばかりの新人の作で、しかも四ヶ月おきにきっちりこのレベルのものを出してくるのだから恐れ入る。時代小説好きなら絶対に読み逃してはならないイチオシのシリーズだ。
 もうひとりの新人は、『サーチライトと誘蛾灯』(東京創元社)の櫻田智也である。表題作の短編で二〇一三年にミステリーズ!新人賞を受賞、その後シリーズ作品を書き溜めて、晴れて単行本デビューとなった。
 物語はえり沢泉という昆虫好きの青年が探偵役で、彼がたまたま出くわした事件の謎を解くという本格ミステリの連作短編集だ。これが実に読み心地のいい、雰囲気のある作品なのである。
 収録作はどれも些細な手がかりから意外な真相を導き出すタイプの、奇を衒ったところのないとても端正な謎解きだ。注目すべきはキャラクターと文体。飄々とした、トボけた味わいが全編に満ちている。作者本人もあとがきで書いているし評論家も指摘している通り、泡坂妻夫の亜愛一郎シリーズを彷彿とさせるテイストだ。ユーモラスではあるけれど、決してドタバタではなく、品がいい。これは易しそうに見えるが、センスがなければ作れない世界だ。
 それだけではない。トボけた味わいでありながら、実は扱われている事件やその背景はとてもシビアなのである。そのシビアな現実をトボけた味わいでくるんでいる。だから読み終わったとき「ああ、面白かった!」という満足感の中に、どこか悲しみが残る。素晴らしい技術だ。 
 さて、将来楽しみな新人を紹介したところで、今回は〈新人〉をテーマに新刊を紹介していこう。
 まずは水生大海『ひよっこ社労士のヒナコ』(文藝春秋)。主人公は派遣社員時代の苦い経験から一念発起して社会保険労務士の資格をとった朝倉雛子、二十六歳。法律事務所に就職し、得意先の相談を受ける新米社労士のお仕事小説であり成長物語だ。
 社労士というのは、企業を経営していく上で必要な労務管理や社会保険に関する相談や指導、あるいは書類作成などを行う仕事。と言うとお堅く見えるが、雛子が立ち向かうのはブラックバイトにやりがい搾取、妊娠した社員を辞めさせようとする雇い主やパワハラ、労災などなど、とても身近な問題ばかりである。
 労務や法律を知る情報小説としてもとても読み応えがあるし、各編で事件が起きて謎を解くミステリとしてもレベルが高い。第一話は初出の際に日本推理作家協会賞短編部門の候補になったほどだ。何より本書の白眉は、組織で働くということはどういうことかというテーマにある。働くのは自分のためなのか、会社のためなのか。人の上に立つとは、仕事を任されるとは、どういうことなのか。そんな社会人の基本の基本を、さまざまな問題に向き合いながら雛子もまた新米社会人としてひとつひとつ学んでいく。いくつもの経験をしたラストシーンの雛子が、とても印象的で力強い。
 登場人物に根っからの悪人はいない。だが、制度は都合よく利用したいが不利なことは隠したい、損はしたくない、といった誰しもが持っている無意識の狡さが作品から浮かび上がる。ここにあるのは対岸の火事ではなく、まさに私たちの物語なのである。
 松村栄子『花のお江戸で粗茶一服』(ポプラ社)は、剣道・弓道・茶道の〈三道〉を伝える坂東巴流の嫡男・友衛遊馬を主人公にしたシリーズ三作目である。二〇〇四年に出たシリーズ第一作『雨にもまけず粗茶一服』は家を継ぐのが嫌で逃げ出した十八歳の遊馬、第二作『風にもまけず粗茶一服』はようやく茶の湯に目覚めたのに、なぜか比叡山にこもることになった十九歳の遊馬が描かれた。そして本書は、やっと東京の自宅に帰ってきた二十歳の遊馬の物語だ。
 だが遊馬はまだ家元を継ぐとはっきり心を決めたわけではなく、警備員のバイトをしながら〈三道〉の修行もやる。近くのフリースクールでお茶を教えたりもする。
 次期家元としての遊馬はまだ新人と言っていい。責任感や自覚というものが育っていない、ふわふわした新人だ。何がしたいのか、何をすればいいのかわからない。けれどわからないままに、目の前のことをひとつひとつ、丁寧にこなしていく。いろんな事件が次々と起き、うろうろと回り道をしながら、少しずつ自分というものの核を見つけ出す遊馬がとても魅力的だ。人間関係の変化も読みどころなので、このシリーズはぜひ第一作から読んでいただきたい。
 とびきり真面目な〈新人警部補〉が登場する連作ミステリが、大倉崇裕『樹海警察』(ハルキ文庫)である。初任幹部科教育を終え、晴れて警部補となった柿崎は四角四面で原理原則主義、真っ直ぐとしかいいようのない性格。そんな彼が赴任したのは、山梨県上吉田署という辺鄙な場所で、しかも樹海の自殺死体の片付けを専門とする特別室だった。
 うわあ、楽しい! これ、めちゃくちゃ楽しいぞ!
 樹海ってんだから自殺の名所だ。だからといって死体がすべて自殺だとは限らない。死体から他殺の証拠が出てくれば当然捜査に当たる。収録作はどれも殺人事件を追う本格ミステリであると同時に、曲者揃いの部下たちがそれぞれ抱えている問題にもかかわってくるという二重構造。
 謎解きとしても読ませるが、やはり突出して楽しいのは柿崎のチョー真面目なキャラだ。変わり者だという自覚がまったくない天然物の真っ直ぐさ。最初は現場を知らない頭でっかちの管理職として描かれるものの、自殺で処理したがる上吉田署に正面から正論でぶつかったり、たとえ組織の不利益になろうともあくまで正義を貫こうとしたりという柿崎を、次第に部下も読者も好きになる。そしてふと気づくのだ。本来、警察とはすべからく柿崎のようであるべきではないのかと。彼をもっと見たいので、ぜひともシリーズ化熱望!
 警察学校モノと言えば長岡弘樹の『教場』シリーズが思い浮かぶが、警察学校が舞台のミステリがまた新たに誕生した。吉川英梨『警視庁53教場』(KADOKAWA)だ。
 物語は、警察学校で教官を務める警察官・守村が廃墟で首吊り死体として発見された場面で始まる。本当に自殺なのか疑問を抱いた本庁捜査一課の五味。実は五味と守村は警察学校時代、同じ〈小倉教場〉にいた同期なのだ。
 守村の縊死事件と、彼らがまだ警察学校にいた過去の物語が交互に綴られる形で物語は進む。厳しい指導、豪放磊落な同期、問題児、秘密を抱える教官。そんな過去の出来事が、今の事件にどうつながるのか?
 まず、警察学校に関する圧倒的な情報量に釘付けになった。『教場』とは物語のタイプがまったく異なるので、後追いの印象は皆無。『教場』が〈静・冷〉ならこちらは〈動・熱〉と言えばいいか。二転三転する展開に目が離せない。やや盛り込み過ぎの感はあるものの、この熱量は買いだ。
 本書のキモは新人時代と中堅になってからの対比にある。冒頭で紹介した新人作家たちも、いずれ中堅となり新人の目標となっていくはずだ。今の気持ちを忘れず、その時まで書き続けてほしいと切に願う。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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