『イタリアの鼻』 B・レック、A・テンネスマン著

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イタリアの鼻

『イタリアの鼻』

著者
ベルント・レック [著]/アンドレアス・テンネスマン [著]/藤川 芳朗 [訳]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784120050206
発売日
2017/11/09
価格
3,456円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『イタリアの鼻』 B・レック、A・テンネスマン著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

 『ルネサンスの肖像画』という本があったが、鍾愛(しょうあい)するピエロ・デッラ・フランチェスカが描いた有名な「ウルビーノ公爵夫妻の対面画」(ウフィツィ美術館)は一度見たら忘れることができない不思議な迫力を秘めている。本書は、このウルビーノ公、フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの生涯を描いた佳作である。

 ウルビーノ公は、馬上槍(やり)試合で右目を失い鼻骨を砕かれた。その結果「イタリアの鼻」と呼ばれた特異な風貌(ふうぼう)が生まれた。山間の小国ウルビーノの領主の非嫡子として生まれながら、領主の座を引き継ぎ、傭兵(ようへい)隊長として財をなし、壮麗なドゥカーレ宮殿(現マルケ美術館)を築いたウルビーノ公は、典型的なルネサンス人と思われてきた。寛容な君主であり有能な軍人であり美術と建築の庇護(ひご)者であった、と。これは、ルネサンスを光り輝く時代として称揚したブルクハルトが描き出したイメージである。

 これに対して著者(2人)は、近年の研究成果に基づきウルビーノ公の実像に迫ろうとする。結果は容赦のないものだった。嫡出の先代領主を暗殺して権力を掴(つか)んだ男、イタリアの統一というユートピア(傭兵隊長の出番がなくなる)が実現されないように小競り合いを戦った一種の位の低い悪魔、重要な戦いでは一度も勝ったことがない傭兵隊長、メディチ家を倒そうとしたパッツィ家の陰謀に加担した権謀家。しかし、戦争を稼業とする成り上り者の恥知らずな宣伝のための場所を提供しているにもかかわらず、ウルビーノの宮殿は洗練されていて絢爛(けんらん)豪華だ。これこそが権謀術数渦巻くルネサンスの実態ではないのか。著者はそう問いかける。

 ウルビーノ公国は消えてしまったが、ピエロやウッチェロの絵、奇跡の蔵書や美しい宮殿は残った。そして19世紀フィレンツェの文書係がウルビーノの書類の束を破棄したため、ウルビーノ公とその文化の神話は永遠のものとなったのである。藤川芳朗訳。

 ◇Bernd Roeck=チューリヒ大歴史学教授◇Andreas Tönnesmann=元スイス連邦工業大教授。2014年死去。

 中央公論新社 3200円

読売新聞
2017年12月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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