江戸川乱歩と横溝正史 中川右介 著

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江戸川乱歩と横溝正史 中川右介 著

[レビュアー] 郷原宏(文芸評論家)

◆戦闘的友情の原点を推理

 江戸川乱歩と横溝正史は、無二の親友にして宿命のライバルでもあった。作家として、あるいは編集者として、お互いに切磋琢磨(せっさたくま)しながら、大正の末から戦後の昭和まで、ほぼ半世紀にわたって日本の探偵小説(推理小説)を牽引(けんいん)した。乱歩なければ正史なく、正史なければ乱歩もなかった。この二人がいなければ、現在のミステリーの隆盛もまたなかったに違いない。

 本書は、この二人の交渉を日本の探偵小説史に重ね合わせて描いた対比評伝の力作である。乱歩に関する研究や評論は汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)の量に達し、正史論もすでに十指を超えているが、対比評伝という形式は新鮮で、随所に類書には見られない発見や驚きがある。

 著者の手柄は何よりも、作家の戦場ともいうべきメディアを舞台にして、二人の戦闘的な友情を描き出したところにある。作品成立の舞台裏はもとより、出版社の経営状態や初版部数にまで調査が行き届いていて、私たちはこれを臨場感に満ちた昭和の出版興亡史としても読むことができる。

 乱歩と正史が初めて出会ったのは、一九二五(大正十四)年四月のことである。乱歩は売り出し中の新進作家、正史はまだ懸賞小説に応募する投稿青年だった。ところが、二人は実はその前の二二年に、神戸の図書館で同時に馬場孤蝶(こちょう)の講演を聴いていた。各種の資料によってその「運命の日」を探索する著者の推理は、名探偵・明智小五郎や金田一耕助にもひけをとらない。

 戦後の一時期、乱歩はミステリー評論や少年物は書いたが、大人向けの探偵小説は書かなかった。それは正史が発表した『本陣殺人事件』に圧倒されて自信を喪失した結果ではないかという著者の推論には、それまでの二人の交渉史に照らして強い説得力がある。

 このように綿密な取材と論理に裏打ちされた本書は、乱歩と正史のファンにとっては欠かせない座右の書となるだろう。私はまた『二銭銅貨』と『本陣殺人事件』を読みたくなった。

(集英社・1836円)

 <なかがわ・ゆうすけ> 作家・編集者。著書『カラヤンとフルトヴェングラー』。

◆もう1冊

 堀啓子著『日本ミステリー小説史』(中公新書)。明治の黒岩涙香から戦後、社会派というジャンルを開いた松本清張に至る通史。

中日新聞 東京新聞
2017年12月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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