キャッチボールがしたくなる 野球の魂を教えてくれる一冊
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
アメリカにはフィリップ・ロスの『素晴らしいアメリカ野球』がある。日本には高橋源一郎の『優雅で感傷的な日本野球』がある。そして韓国には、その二作よりも素晴らしくて優雅で感傷的な、パク・ミンギュの『三美(サンミ)スーパースターズ 最後のファンクラブ』がある!
物語のスタートラインは、韓国にプロ野球が誕生した一九八二年。十二歳の〈僕〉と親友ソンフンは、地元・仁川(インチョン)のチーム「三美スーパースターズ」のファンクラブに入会し、開幕を心待ちにしている。ところが蓋をあけてみたら、愛するチームはとんでもなく弱かったのだ。たった三年六か月で身売りされ、ホームの仁川を去ることになる三美が打ち立てた負の記録が、三ページ半にわたって記載されているのだけれど、たしかにひどい。野球好きが見たら笑っちゃうくらい、ひどいのである。
超弱小チームを応援することになってしまった少年の気持ちの浮き沈みを描いたこの第一章は、コミックノベルもかくやとばかりに可笑しいのだけれど、物語の表舞台から三美スーパースターズが消える第二章で、語り口は湿り気を帯びていく。一流大学に進学した〈僕〉が恋に落ちるからだ。青春小説と恋愛小説の読みごたえを備えたこの章を経て、物語は、一流企業に勤めながらもリストラの嵐に怯え、猛烈に働いた挙げ句、妻から三行半を突きつけられた一九九八年の〈僕〉の話へと移行する。
疲弊した〈僕〉の前に現れるのが、大学在学中に突然姿を消したソンフン。彼は、リストラに遭い腑抜けになってしまった〈僕〉に、三美スーパースターズのことを思い出させる。この最終章でソンフンが語るすべての話が素晴らしい。〈僕〉の再生の物語が素晴らしい。二人が、〈打ちにくいボールは打たない、捕りにくいボールは捕らない〉という三美が完成させた〈自分の野球〉を会得していく過程が素晴らしい。
一割二分五厘の勝率でも楽しい人生は送れるということ。〈世界は構成されてそこにあるものではなく、自分が構成していくものだったんだ〉ということ。人がバカにしたり蔑んだりするものの中に、幸福や歓びや真実がひそんでいるということ。笑いと涙、ジョークと本気、シニカルとリリカル満載のこの物語の中で、作者は競争社会に打ちのめされた人たちを応援しているのだ。
青くて広い空の下、誰かとキャッチボールがしたくなる。プロ野球ではない、野球そのものが有している魂について教えてくれる小説だ。