磯崎憲一郎「鳥獣戯画」 絵巻物が続くような作品世界

レビュー

9
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鳥獣戯画

『鳥獣戯画』

著者
磯崎 憲一郎 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062208079
発売日
2017/10/31
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

絵巻物が続くような作品世界 時空を超えた情念の迫力

[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)

 本書の語り手の「私」は、明らかに作者自身をモデルにしている。会社勤めのかたわら小説を書いてきたが最近退職したこと、芥川賞を受賞していること、さらには姓と出身高校・大学まで重なっている。

 しかし本書は、典型的な私小説とは趣きが異なる。長い会社員生活を終えた「私」は、その初日に高校時代からの女友達と待ち合わせるが、彼らが生々しいドラマを繰り広げることはない。待ち人は現れず、代わりに見知らぬ美人に声をかけられる。「私」をテレビで見たという彼女は役者で、最近夫が同性愛者だと分かって離婚したと語る。二人は京都での再会を約束する。

 急に物語が週刊誌のゴシップ欄のようになり、二人の関係の進展に興味をそそられるが、読者の期待はまたも見事に裏切られる。ここで語りは「私」を離れ、女優自身の人生の回想や、彼らが訪ねた京都の高山寺の開祖・明恵(みょうえ)上人の伝記物語へと脱線していく。まるで絵巻物が途切れなく続きながら、いつしか別の場面へと移り変わるように、その後も「私」の娘の出生の思い出や、この娘と同名の、件の古い女友達との若き日の恋愛譚が語られる。

 こうした意外な展開は、単に奇を衒(てら)ったものではない。「私」、女優、明恵の三者は、共通した情念で結ばれている。世間の愚劣さへの怒り、そこから離脱できない苛立ち、運命に足を掬われたときの失望。これらの情念は、禍福の使者のごとき鳥と獣、悲喜劇的な糞尿などのモチーフを介して重なり合い、冒頭の謎めいた一節へと帰っていく。「凡庸さは金になる。それがいけない、何とかそれを変えてやりたいと思い悩みながら、何世紀もの時間が無駄に過ぎてしまった」時空を超えて鬱積した怒りと悲しみは本書に並々ならぬ迫力を与え、企みに満ちた語りは最後まで読み手を退屈させない。

『往古来今』などの磯崎作品が好きな人はもちろん、古井由吉や滝口悠生の愛読者にも薦めたい名篇。

新潮社 週刊新潮
2017年12月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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