『阿久悠と松本隆』
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二人の天才が交差 もう一つの現代史
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
中川右介『阿久悠と松本隆』は不世出の作詞家2人の軌跡を描いている。1971年、『スター誕生!』(日本テレビ系)が始まった。企画から関わる阿久悠だが、山口百恵とは距離を置いた。彼女にはレコード会社の敏腕プロデューサーがいたためだ。やがて百恵は沢田研二、ピンク・レディーなど、阿久が手がける歌手たちにとって最大のライバルとなっていく。
一方の松本隆は、60年代末に細野晴臣たちと後の「はっぴいえんど」を結成。初めて日本語でロックを歌った伝説のバンドだ。74年にアグネス・チャン「ポケットいっぱいの秘密」の作詞で周囲を驚かせたが、注目を集めたのは太田裕美の「木綿のハンカチーフ」だ。阿久が書いた、都はるみ「北の宿から」と同じ75年の発売。4番まである長さ、しかも男女の視点が頻繁に入れ替わるという革新的な曲だった。
阿久悠と松本隆、それぞれの取り組みをカットバックさせながら、著者はアイドル全盛時代へと向かう音楽界と時代状況を活写していく。両者が一瞬交差するのが81年だ。3月にピンク・レディーが解散。阿久は大人の歌の作り手へと変化する。松本は松田聖子に「白いパラソル」を提供し、寺尾聰「ルビーの指環」でレコード大賞を獲得した。
歌謡曲という枠組みの中で改革を進めた阿久悠。異端者であるがゆえに枠組みからも自由だった松本隆。音楽と社会意識がリンクしていく本書は、いわば“もう一つの現代史”である。