祝・絵本作家デビュー30周年!「ルラルさんのえほん」シリーズ作者いとうひろしさんインタビュー

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ルラルさんのだいくしごと

『ルラルさんのだいくしごと』

著者
いとう ひろし [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591155301
発売日
2017/09/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

祝・絵本作家デビュー30周年!「ルラルさんのえほん」シリーズ作者いとうひろしさんインタビュー

[文] 加治佐志津

いとうひろし
デビュー30周年を迎えたいとうひろしさん

絵本作家いとうひろしさんは、今年でデビュー30周年。『ルラルさんのにわ』をはじめとする「ルラルさんのえほん」シリーズや『くもくん』『ケロリがケロリ』『くものニイド』など、ポプラ社からも多くの絵本が出版されています。今年9月には、シリーズ8作目となる新作『ルラルさんのだいくしごと』も刊行されました。

 ***

いとうひろしさんの絵本は私たちを、普段の暮らしの中で気づかなかった豊かな世界へといざなってくれます。独特のユーモアと空想の楽しさあふれる作品の数々は、どのようにして生まれたのでしょうか。『ルラルさんのにわ』誕生のエピソードや絵本に込めた思いなど、たっぷりと伺いました。

――Q1.「ルラルさんのえほん」シリーズの記念すべき第1作『ルラルさんのにわ』の制作エピソードをお聞かせいただけますか。

『ルラルさんのにわ』の原型は、大学生の頃にすでにできあがっていたんです。実際に出版される10年近く前のことです。

当時、僕は大学で、子どもの本を研究するサークルに入っていたんですね。欧米の絵本の歴史を学ぶのが主な活動だったんですが、あるとき、自分たちでも絵本を作ってみようということになって。いざ作るとなると、なかなかうまくいかない人が多かったんですが、僕はさして苦労することなく絵本を一冊作り上げました。そしてそれが、サークルの仲間にも好評だったんです。

うれしくなった僕は、その後もどんどん絵本を作りました。その3作目か4作目が『ルラルさんのにわ』だったんです。大学の校舎の4階から1階まで降りてくる間に、キャラクターもストーリーもできあがっていて、あとはただ頭に浮かんだものを写すだけ、という状態でした。さっそく画用紙に描いて見せると、みんなが「出版されている本と比べても全然遜色ない」「出版されてもおかしくない」と褒めてくれたんです。

――Q2. そのときに作った原型と、実際に出版されたものとでは、違いはあるのでしょうか。

絵はだいぶ違うんですが、タイトルやストーリー、構成などはそのままですね。「ルラル」という名前の由来もよく聞かれるんですけど、自分でもわからなくて。「超博愛主義のため、異端として追放された16世紀の修道士ルラルノーランの名前から」なんて嘘の説明をよくします。 でも、「ルラルさん」ってちょっと言いにくいでしょう? ラ行が続いていて、噛みそうになる。そこが自分でも気に入っています。

――Q3.今や、いとうさんの代表的シリーズとなっていますが、ここまで続くと思っていらっしゃいましたか。

それは全然考えていませんでしたね。当時は2作目を作ろうなんて思っていませんでしたから。でも僕自身、ルラルさんがこれからどうなっていくのか気になっていたので、続きを描くことができてよかったです。

自分の中でルラルさんは、「町役場か市役所の出納係を早期退職して、今は悠々自適な暮らしをしている50歳くらいの人」なんですが、そのキャラクターというのは後付けでできあがっていったもので。シリーズを続けていく中で、こういう人なんだろうなと次第にわかってきた感じですね。

――Q4.1作目の『ルラルさんのにわ』と2作目の『ルラルさんのバイオリン』とでは、ルラルさんの印象が随分違って見えます。

確かに、シリーズが続くにつれて、ルラルさんの顔つきはどんどん優しくなっています。でも、ルラルさんの根本は全然変わっていないんですよ。ルラルさんは、自分なりのルールを几帳面に守りながら、その中で楽しみを見つけて暮らしているんです。ただ、自分とは違う価値観と否応なしに向き合わされ、それを受け入れたことによって、楽しみの幅がぐっと広がったんですね。思いもよらない出来事を経験する中で、こういうのもあるんだなと。1作目と2作目の大きな変化は、それがルラルさんにとって初めての経験だったからかもしれません。

ルラルさんがさまざまな出来事から何を受け取ったのか、楽しみの幅がどんな風に広がったのか……そんなところも考えながら読んでもらえるとうれしいですね。

――Q5.「ルラルさんのえほん」シリーズでは、芝生のチクチクの気持ちよさや、自転車で風を受けて走る爽快感、バイオリンのおかしな音色を聴いたときのムズムズ感など、五感に直接訴える、喜びや楽しみもよく描かれていますね。

今の世の中、ほとんどが視覚情報に頼ってしまっていて、しかもその情報は、一度誰かの手が加わったものになっているじゃないですか。だから大人も子どもも、自分が面白いと思うものを見つけるのが下手になってきているんです。刺激にはじきに慣れてしまうから、メディアはより強い刺激を与え続けるわけで……行きつく先はどこなんだろうと考えると、ちょっと怖いですよね。

僕はむしろ、そういう強い刺激とは逆の感覚というか、日常の中の小さな喜びこそ大事だよなと思っていて。それまで見落としていたこと、気づかなかったことにちょっと目を向けるだけで、そこには豊かな世界が広がっている。それに気づいて面白がれるようになれば、強い刺激なんてなくても、何でもないことを楽しめるようになります。当たり前の生活の中で、いろんな感覚を鈍らせず、楽しみをどう見つけていくか、ということは、ルラルさんに限らず、自分の絵本作りの中での大きな柱になっていますね。

――Q6.9月に8作目となる新刊『ルラルさんのだいくしごと』が出ましたが、今後もシリーズは続いていくのでしょうか。

アイデアはまだまだ消化しきれないくらいあるので、作っていきたいなと思っています。シリーズをずっと続けていると、ついテーマが深くなりすぎてしまうんですが、ルラルさんの場合、深みにはまりそうになっても、原点に立ち返ってすごくシンプルなところに戻ってこられるんです。これからも、しっかりと子どもに向けて描きながらも、それでいて深みのある、大人にも通用する絵本として、このシリーズを作り続けていきたいですね。

――Q7.ポプラ社からは「ルラルさんのえほん」シリーズの他にも何冊も絵本が出ていますが、思い入れの強いものはありますか。

そうですね、たとえば『おちばがおどる』。落ち葉のコラージュは昔からやっていたんですけど、それを編集者が面白がってくれて、絵本になりました。『どろんこどろちゃん』のときは最初、本当の泥で描こうと思ったんですが、泥がどうしても乾いてしまって……結局、絵の具を指につけて泥の感じを表現しました。どちらも自分の中の遊びに近い部分を絵本でやらせてもらえたので、思い入れがありますね。

あと、特定の誰かに読んでもらいたいという思いで書くことは普段あまりないんですが、『ムーさんのたび』はちょっと例外です。仕事でお世話になっている方が落ち込んでいたことがあって、その人に読んでもらいたいと思って作った部分もあります。テーマとしては『くもくん』とも共通するんですが、自分っていうものはそう簡単に確立できるものではなくて、さまざまな経験をしたり、いろんな偶然が重なったりする中で決まっていくものだから、焦らずゆっくり探してほしいよね、というような思いを読みとれるかもしれません。

どの作品にもそれぞれ思い入れがあるので、これ、とひとつ挙げるのは難しいんですが、いろいろと自由にやらせてもらえたのは、すごくありがたかったですね。

――Q8.今年は絵本作家デビュー30周年ということですが、これまでを振り返ってどんな風に感じていらっしゃいますか。そして、これからどんな絵本を作っていきたいですか。

30年を振り返って特に感じるのは、絵本の読まれ方がすごく雑で表面的になってしまったということ。それがすごく残念なんですよ。今は、ただ笑えるとか、泣けましたとか、それだけで終わってしまう絵本や、イラストレーションとしてはすごいけれど、絵本としてはどうなの?っていうものばかりが幅を利かせてしまっている。でも、絵本の面白さというのは本来、直接的に描かれていないものを想像して楽しむことにこそあると、僕は思うんですよ。

ガアグ、バートン、エッツなど、1940年代から60年代のいわゆる古典と呼ばれる絵本も、最近はあまり売れないと聞いています。これぞ絵本の原点、という作品ばかりなので、もっとそういう古典を読んでほしいなと思うんですけどね。パッと見てパッとわかるような絵本でないとうけなくなってきているし、それ以上のところに踏み込むこと自体、求められなくなってきているのかもしれません。

でもそんな中で、僕が今後どうしていきたいかというと、やっぱりこれまでと変わらず、自分が面白いと思う絵本を描き続けていきたいなと。僕が面白いと思うのは、単純な表現の奥に広がる世界をしっかりと描いた絵本なのだから、作り手としては、そういうものを作り続けるしかないですよね。それが時代遅れだと言われて淘汰されるのなら、それはそれで仕方ありません。でもこれからも僕は、表面的な面白さだけではない、奥行きのある絵本を作り続けていきたいと思っています。読者の皆さんには、想像力と創造力を使って、絵本の中の楽しみをどんどん見つけてもらいたいですね。

―― いとうひろしさん、ありがとうございました!

取材・文=加治佐志津

ポプラ社
2017年12月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ポプラ社

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