北朝鮮制裁の「抜け穴」を暴く衝撃の告発 長野智子(報道キャスター)

レビュー

21
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

北朝鮮 核の資金源

『北朝鮮 核の資金源』

著者
古川 勝久 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103514114
発売日
2017/12/22
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

北朝鮮制裁の「抜け穴」を暴く衝撃の告発

[レビュアー] 長野智子(キャスター)

 かつてこれほどまでにアメリカ国民が北朝鮮という極東の小国に、強い関心と恐怖を抱いたことはなかったのではないか。そもそもアメリカの対外的な関心のほとんどは、これまで中東に向けられていた。実際、1994年にクリントン政権が軍事行動の準備まで行い、カーター元大統領の電撃訪朝により収束した「朝鮮半島・核危機」の際も、国民の関心はこれほどではなかったように思う。いよいよ北朝鮮の開発した長距離弾道ミサイルがアメリカ本土に到達するかもしれない、という危機感は、日本人が想像する以上にアメリカを覆っている。

 2017年夏、私が取材で訪れたサウスダコタ州では、広大な敷地に約900の核シェルターが建ち並び、販売されている。販売会社の社長によると現在問い合わせが殺到していて、売り上げは去年の10倍なのだそうだ。ワシントンDC近郊の街で30人以上の人に話を聞いてみたが、ほぼ全員が北朝鮮問題に高い関心を示し「恐怖を感じている」と話した。彼らが口々に憤るのは「なぜここまで北朝鮮を放置し、核・ミサイル開発を許してしまったのか」という点である。オバマ政権では、北朝鮮の挑発に対して「報酬を与える」のではなく、国連による制裁を強化するという「戦略的忍耐」の姿勢を取り続けた。では「幾度となく強力な制裁を受けてきたにもかかわらず、なぜ北朝鮮は核兵器やアメリカにまで届く長距離弾道ミサイルを、開発することができたのか」――。私も含めて誰もが抱くこの疑問が、古川氏の本書によって氷解する。

 2011年から16年まで、古川氏は国連安保理・北朝鮮制裁委員会直属の「専門家パネル」に所属し、国連による制裁を回避するような事案の捜査を行ってきた。専門家パネルの任務は、制裁の強化を通じて北朝鮮に核・ミサイル開発をさせないための国際的な環境を作り出すこと。いわば、各国が具体的にどのような対応をし、北朝鮮がどのように制裁を逃れているかを捜査して報告する立場ということになる。

 驚いたのは、専門家パネルがこれほどまでに現場に足を運び、時に身の危険を感じるほどの捜査を行っているという事実である。実際、本書は古川氏が国連制裁決議違反事件の首謀者である北朝鮮の海運会社「オーシャン・マリタイム・マネジメント」とつながっている日本企業のオフィスに捜査をかける場面から始まる。さながらスパイ映画のようなドキドキ感だ。しかも、国連安保理決議で国連加盟国に専門家パネルによる捜査活動への協力を義務付けているにもかかわらず、各国政府はなかなか肝心な情報を提供しようとしない。自国の利益やメンツなど理由は様々だが、制裁を見逃すどころか正当化する国まである。時に古川氏は休暇をとり身銭を切って、自らの立場を秘匿してまで捜査をして真実に近づこうとする。

 アジア、アフリカ、ヨーロッパ、中米と世界中に足を運び捜査をする古川氏が直面する制裁履行の実情。それは、各国の制裁に対する関心の低さや、経済的な利害から制裁逃れを助長するような行為ばかりでなく、北朝鮮と深いつながりを持たない国でさえ行われていない、制裁に向けた国内法の整備だ。例えば「安保理決議の完全履行を」と国連加盟国に呼びかけ、いまやアメリカと足並みをそろえて北朝鮮への圧力強化を唱道する日本である。古川氏によれば、日本もまた安保理決議を十分に理解していないが故に、国内法の整備が遅れて制裁を確実に履行できていないのだという。そうした各国の現状を横目に見ながら、北朝鮮は次々と制裁回避手段を講じ、世界中から市販品を買い集めて長距離弾道ミサイルを作り上げている。

 金正男氏暗殺事件など、日本人もよく知るニュースと制裁違反企業の関連など、スリリングな捜査の描写にぐいぐいと引き込まれながらも、あまりにも問題解決にほど遠い「抜け穴」の実態に暗澹たる気持ちになる。制裁強化の裏側で何が起きているのかを記した本書は、制裁実施の障害になっていると報道される中国やロシアの存在に留まらない問題を明らかにし、本当にやるべきことを、日本はもとより世界に突き付けている。

新潮社 波
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加