固定されている万華鏡を回したくて――『分かったで済むなら、名探偵はいらない』著者新刊エッセイ 林泰広
エッセイ
『分かったで済むなら、名探偵はいらない』
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固定されている万華鏡を回したくて
[レビュアー] 林泰広(作家)
文豪シェイクスピアが書いた、不朽の名作「ロミオとジュリエット」というのは、どんな物語なのでしょうか?
学生の頃、私はまだシェイクスピアの戯曲を読んでいなかったのに、自分は「ロミオとジュリエット」を「分かっている」と思っていました。そして実際に読んだ後でも、やっぱり自分は「分かっていた」と思いました。
ただいくつかの点で違和感がありました。私が「ロミオとジュリエット」はこうであるべきと考えていたことが、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」ではそうなっていなかったのです。私はそれを取るに足らないキズだと思い、無視することにしました。なぜだか当時の私は、シェイクスピアが書くべき正しい「ロミオとジュリエット」を、自分が「分かっている」と確信していたのです。
しかしそれから数十年が経って、私の考えは変わりました。自分の「分かっている」ではなく、あるがままの「ロミオとジュリエット」の方に興味が出てきたのです。
そこで読み直してみると、かつて自分が違和感を感じた部分にこそ、この物語の面白さがあるのではないかと思うようになりました。すると「分かっていた」はずの物語は、まるで万華鏡を回すように次々と違う形を見せてくれたのです。その変化はとても不思議で楽しかった。だから私はみなさんの万華鏡も回したくて、この小説を書きました。
居酒屋「ロミオとジュリエット」にやってくる酔っ払い達は、それぞれに異なる「ロミオとジュリエット」を「分かって」います。そしてそんな酔っ払い達の話を聞くことで、「名探偵」と呼ばれている刑事の万華鏡も回転して、彼は「分かっていた」はずの事件の違う姿を「分かる」ことになるのです。
居酒屋「ロミオとジュリエット」の酔っ払い達は、まだまだたくさん控えています。せっかくの万華鏡、回さないのは勿体ない。もしよろしければ一緒に万華鏡を回してみませんか。