『大獄 西郷青嵐賦』
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西郷への愛情を感じる新シリーズ開幕!
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
たとえば、佐幕派と倒幕派の違いはあっても、司馬遼太郎の『燃えよ剣』を読んだ読者が、主人公の土方歳三にやられてしまうように、『大獄 西郷青嵐賦』を読んだ方も、ここに描かれている西郷にはやられてしまうに違いない。
本書は、葉室麟が描く新しい西郷の物語の第一弾で、「明治維新は、安政の大獄以前からたどらないと本当の姿は見えてこない」と作者はいう。また、実は、明治維新を最初から最後まで体験した人物は西郷しかいない、ともいっており、このあたり、海音寺潮五郎の死によって未完に終わった史伝『西郷隆盛』全九巻(朝日新聞出版)と共通の認識が見られるが、どこがどうというわけではないのだが、私は、本作に海音寺作品より、林房雄の大河小説『西郷隆盛』全十一巻(徳間文庫、絶版)に近い匂いを感じた。
が、それはともかく――。
この一巻目では、島津家の家風と薩摩の風土を背景に名君・斉彬と西郷との出会いから、主の命を受け、東奔西走する西郷の姿や、重豪(しげひで)と斉彬との確執、将軍世子問題――一橋慶喜を将軍に擁立せんとする水戸と、紀州藩主・徳川慶福を推す井伊直弼との対立――さらには、藤田東湖、橋本左内、月照らとの郷の交流、条約勅許問題や幕府と朝廷の対立が深まる中で、とうとう行われる尊王攘夷への大弾圧、安政の大獄等が描かれていく。
そしてこれは余談だが、大獄の中でいちばん巧みに描かれているのが長野主膳の冷酷非情さで、以前、大佛次郎の『天皇の世紀』全十二巻(文春文庫)がTVドラマ化された際、演じた天地茂を想起させた。
一方、奄美大島で流人生活を送っていた西郷は――。西郷に対する作者のふかい愛情が伝わってくる第一弾である。