あの独眼竜を支えた男はなぜ最後に出奔したのか
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
伊達政宗に天下を取らせる――そう誓った伊達三傑の一人・伊達成実(しげざね)の生涯を描いた戦国小説の傑作である。
冒頭は、この二人が、それぞれ、梵天丸(ぼんてんまる)、時宗丸(ときむねまる)と呼ばれた少年時代、角力を取りながら、後者が前者にそれを誓う非常に清々しい挿話が語られる。さらに、政宗が疱瘡(ほうそう)で右目を喪ってからというもの二人の絆はますます強固なものになる。
と、こう書いていくと、本書は、政宗のサクセスストーリー(もっとも天下は取れなかったが)を叶えた忠臣の物語と思われる方が多かろうが、この一巻は、そんな単純なものではない。
何しろ、合戦場面がリアルである。初陣の折、戦さの真の恐ろしさを知りつつも、怖じけず前に進む将の心得を会得した成実は、前にしか進めぬもの=毛虫を兜の前立(まえたて)とする。そして伊達が陸奥の覇者となるまで、政宗の父・輝宗(てるむね)が犠牲となったのをはじめとして、どれだけ、酸鼻を極める場面が展開したことか。作者の凄いのは、そうした表面上の戦さばかりでなく、敵将の、あるいは味方同士の腹の探り合いをこれでもかこれでもか、というくらい深く掘り下げている点であろう。これには舌を巻く。そしてこの間、成実は火事で大火傷を負い、右手の指が醜く癒着。右目を喪った政宗の心の歪みや癇癪、我儘を悟るが、なお、それを矯正しようとする。
一方、天下は関白秀吉の下、泰平の世に移り変わりつつある。その中で、己れの野心を捨て切れぬ政宗の、一方で泰平の世の大名とならねばならぬという思いが、再び多くの血を流すことに――。
そして文禄の役から帰参した成実は謎の出奔をする。ネタばらしとなるので詳述はできぬが、恐らくこの作品に書かれた動機が、最も正解に近いものであろう。とまれ、ここまで武将たちの心理を描破した作品は稀で、吉川永青の新たな代表作といっていい出来ばえを示している。