刑事弁護士が描く法廷劇 注目のドイツ・ミステリ

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刑事弁護士が描く法廷劇 注目のドイツ・ミステリ

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 フェルディナント・フォン・シーラッハは、刑事弁護士としての経験に基づいた短編集『犯罪』『罪悪』(ともに酒寄進一訳、創元推理文庫)でドイツ・ミステリが注目される契機をつくった作家である。『コリーニ事件』(酒寄進一訳)はそのシーラッハが法廷劇に真正面から取り組んだ、著者初の長編小説だ。

 新米の弁護士カスパー・ライネンは、コリーニという男の国選弁護人を引き受けることになる。コリーニは老人を殺害した容疑で逮捕されたのだが、彼は事件について何も語ろうとしない。やがてライネンはある事実を知り、弁護を引き受けたことを後悔する。

 シーラッハ作品の魅力は極限までに無駄を削ぎ落し、研ぎ澄まされた文体にある。本作でも簡潔な台詞が人々の底知れぬ思いを伝え、淡々とした筆致が却って明かされる真実の重みを痛感させるのだ。一つ一つの言葉が突き刺さり、染みわたる小説である。

『コリーニ事件』では司法制度についての子細な描写が物語に説得力を与えていた。裁判を圧倒的なリアリティで描いた名作といえば、大岡昇平『事件』(創元推理文庫)だ。神奈川の山中で起きた女性の刺殺事件を巡り、十九歳の少年が被告となった公判で次々と思いもよらない事実が暴かれていく。

 綿密な取材と調査をもとに書かれた本書は、法律用語の成り立ちから実際の裁判の流れまで丁寧に掘り下げる。その熱量たるや半端なものではない。しかも裁判中のやり取りを描いた場面でだれる所が一切無い。国産裁判小説の頂点に立つ作品である。

 優れた本格ミステリの要素を備えたリーガル・スリラーといえば、スコット・トゥロー『推定無罪』(上田公子訳、文春文庫、上・下)である。首席検事補であるロザート・K・サビッチは、かつて不倫関係にあった地方検事補が殺害されたことで危機に陥ってしまう。

 巧妙に仕組まれた騙し絵が実に見事。続編『無罪』(二宮磬訳、文春文庫、上・下)と合わせて読むと、驚きは倍増するはずである。

新潮社 週刊新潮
2017年12月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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