椎名誠×中村征夫 写真はタイムカプセル〈『犬から聞いた話をしよう』 & 『極夜』刊行記念対談〉

対談・鼎談

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犬から聞いた話をしよう

『犬から聞いた話をしよう』

著者
椎名 誠 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784103456254
発売日
2017/12/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

極夜

『極夜』

著者
中村征夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784103514312
発売日
2017/12/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【『犬から聞いた話をしよう』 & 『極夜』刊行記念対談】椎名誠×中村征夫 写真はタイムカプセル

[文] 新潮社

“あやしい探検隊”のみならず、若き日より共に世界中を旅して来た二人が、奇しくも同時期に写真集を刊行することになった。片や、長年撮りためた世界中の犬の写真の総決算、此方、40年前に撮った極北の「極夜」、暗闇の村。共に長い時間の流れが写った、モノクロームのタイムカプセルだ。

 ***

ワンサ
写真(1):ワンサは、椎名誠監督、中村征夫撮影の映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」(1991年)に登場した子犬。保健所で殺処分される寸前に映画出演のためにもらい受けられ、その後、福島の農家で育てられた。撮影:椎名誠

中村 すごい写真集(『犬から聞いた話をしよう』)ができましたね。見てると、いっしょに旅した時の写真もたくさんあって、共有した時間が写っているから、うれしくなっちゃった。

椎名 中村さんと同時期に、同じ判型の写真集が出るなんて、本当にうれしいね。

中村 この扉の写真(1)、ワンサでしょう。ワンサ、今、どうしてます?

椎名 もういないんだろうな……映画の後、福島にもらわれていったんだけど、大型犬だったんだよ。あんなに小さくて、怯えてテーブルの陰から出て来なかったのにね。

寒さの話

シオラパルクの姉妹
写真(2)シオラパルクの姉妹 撮影:中村征夫

椎名 ところで『極夜』、このタイトルと表紙で、水中写真家・中村征夫の本だって思う人は少ないんじゃないかな。これ、ずいぶん若い頃の写真でしょう?

中村 32歳の時だから40年前ですね。

椎名 俺はシオラパルクには行ったことがない。植村直己さんがいた村だから憧れてたんだけどね。アイスランドまでは行ったことがあるけど、グリーンランドの方がずっと北なんだな。でも、なんで水中の人が北極圏なんかに行ったの?

中村 フリーになって間もない頃、報知新聞から極夜の連載の撮影を依頼されて、記者と二人で行ったんです。僕にとって、初めてといってもいいドキュメンタリーの仕事でした。

椎名 よくやったよね。俺もなまじ極地の寒さを知ってるから、大変さはよくわかる。冬の極夜も、夏の白夜も体験したけど、どっちかというと、夏の方が辛かった。雪も氷もなくなっちゃうと、ツンドラがむき出しになって、水たまりができるでしょう。そこに蚊が大発生して、もう“蚊地獄”になるんだよね。飯食ってても、お椀の中に100匹ほど蚊が入ってる。いちいち取ってる暇がないから、ふりかけだと思って食ったよ。それでわかったのは、1匹の蚊に刺されて病気になることはあっても、2000匹の蚊を食っても病気にはならない(笑)。

中村 僕も蚊だけは嫌だな。家の中に一匹いるだけでも死に物狂いで探すもの。

椎名 そういう意味じゃ、寒いのは防寒具さえしっかりしてれば、なんとかなるから……といっても、レベルが違うか。シベリアでは犬橇にもよく乗ったな。ロシアのユピックで犬橇を教えてもらった。あれはつらいよね。風が来ると、どんどん体温が下がっちゃうし。

中村 ヘリコプター降りて、シオラパルクの村まで、いきなり10時間も犬橇に乗せられて走ったんです。気温はマイナス35~40度。木製の橇のむき出しの床に座ると、着ていたダウンの防寒具はぺちゃんこに潰れて、保温力が低下して、じんじんしてくる。息をすると肺の中で空気が凍る感じがして、俺、ダメかもしれない、死ぬかもしれない、って思った。

椎名 橇に乗るときに教わったのは、裸になって、まず毛皮の、毛のついてる方を内側にして着る。その上に、今度は毛を外側にした毛皮を重ねて着て、風が入らないようにしっかりと閉じる。そうしたら“人間動物化”するわけだ。これなら橇から転げ落ちても大丈夫。40年前の化学繊維じゃ、とてもかなわない。

中村 まだフリースもない時代だしね。ダウンはあったけど、その下は全部ラクダの毛の下着を何枚も重ねてました。

椎名 この女の子たち(2)、かわいいね。ぬいぐるみみたい。

中村 上着はカリブー(トナカイ)、ズボンはシロクマ、ブーツはアザラシの毛皮。今、日本で誂(あつら)えたら何百万円もするでしょう。この写真が新聞に掲載されたとき、読者からプリントが欲しいって要望があったんです。当時、新聞に載った写真を欲しいって言われたのは、王貞治が世界記録のホームランを打った瞬間の写真以来なんだって。

椎名 こんなに着込んでると、おしっこが大変なんだよね。シベリアでマイナス49度を体験したことがあるんだけど、おしっこが凍るっていうんだよ。小便氷柱(つらら)ができるかもって期待してたんだけど、その前にアレを引っ張り出すのが大変なんだ。厚着してるし、よく見えないし、ごつい手袋してるし。寒いからヤツも縮こまってるじゃない。やっとの思いで引っ張り出して、無事発射できたときは、うれしかったね(笑)。湯気がもうもうと立ち上るんだ。でも氷柱にはならなかった。ロシア人に聞いたら、マイナス50度超えると、地面に落ちて跳ね返った雫は凍るんだって。放射状になって凍ったのを“小便の王様”というらしい。

中村 後で聞いたんだけど、無理に飛ばそうとしないで、ヤッケ(上着)にひっかけちゃうのが正しい小便のやり方だそうですよ。するとあっという間に凍って、あとはパンパンと叩いたら、きれいに落ちちゃう。

闇中の撮影

犬橇
写真(3)暗闇の中、ストロボ一発で撮影した犬橇 撮影:中村征夫

椎名 この犬橇の写真(3)、闇の中だから、撮ってるときは見えていないんでしょう。どうやって撮ったの?

中村 全く見えません。懐中電灯も犬が嫌うから点けられない。向かって来る犬の喘ぎ声と、橇の軋(きし)む音で、今、目の前に来てるんだなと見当つけてシャッター切るんです。ストロボがどこまで届くか、心配だった。怒られながら2カット撮るのがやっとだった。

椎名 ワンチャンスだね。俺もシベリアを旅してるとき、何度もいい場面に遭遇したんだけど、焦っちゃうんだよね。あわててカメラ出して、フィルムを装しようと思っても、寒くて手が動かなくて、パーフォレーション(フィルム上下の穴)にうまくみ合わせられないまま撮っちゃったりした。空回りしてるから、当然、撮れてない。50回くらいシャッター切って、初めて「あれ、おかしいな」って。

中村 僕も水中写真撮ってて、何度も失敗した。あれ、傷つくよね。極地では素手で交換すると、フィルムが凍ってて、手を切ったこともある。カッターナイフみたいになってる。ストロボのコードも凍ると棒みたいになって、気をつけないとポキンと折れちゃう。

椎名 フィルムを巻き上げる時も、慎重にしないと切れちゃうんだよね。キリキリとフィルムが切れる音が恐怖だった。この時、どんな機材を使ってたの?

中村 キヤノンF1に、フィルムはコダックのトライX、ISOは400。今のデジタルカメラみたいに高感度は撮れないから、オーロラなんか全然感度が足りない。でも勉強になったな。極地の撮影なら任せて、っていう感じ。

椎名 犬橇は鞭の扱いが難しいよね。練習したけど、なかなか思ったところを打てなかった。

中村 10頭立ての橇に乗ったんだけど、サボってる犬は引き綱がたるむからすぐにわかる。すかさずピシッと鞭を当てると、キャイーンと飛び上がって必死に走り出す。

椎名 間違えて真面目に走ってるやつに鞭を当てると、ふてくされて走らなくなるんだってね。

新潮社 波
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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