椎名誠×中村征夫 写真はタイムカプセル〈『犬から聞いた話をしよう』 & 『極夜』刊行記念対談〉

対談・鼎談

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犬から聞いた話をしよう

『犬から聞いた話をしよう』

著者
椎名 誠 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784103456254
発売日
2017/12/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

極夜

『極夜』

著者
中村征夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784103514312
発売日
2017/12/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【『犬から聞いた話をしよう』 & 『極夜』刊行記念対談】椎名誠×中村征夫 写真はタイムカプセル

[文] 新潮社

寒さのフィルター

老人と犬
写真(4)ロシア、マイナス30度の街角をゆく老人と犬 撮影:椎名誠

中村 寒い写真といえば、椎名さんのこのロシアの写真(4)、マイナス30度って書いてあるけど、いったいどこから撮ったの?

椎名 外を歩いてる時に。

中村 椎名さんはいっしょに旅してても、ほんとうによく写真を撮ってるよね。ここで撮るか? というのがよくあったよ。街中だとしても、マイナス30度っていったら、カメラ出すのも億劫になっちゃうでしょう。

椎名 カメラはいつも懐に入れてた。フィルム時代は、メイン機の他に、コンタックスT2持って行ってたんだけど、あれも鉄の塊だから、部屋に入ると結露して、まいったな。最近のデジタルは寒さにも強いよ。

中村 でも、バッテリーの消耗が激しいでしょう。

椎名 そうなんだけど、カラーで撮影すると、不思議な色になるんだよね。この写真も元々はカラー。肉眼で見えているのとは違う、なんというか、寒さのフィルターがかかっているというか。シベリアの旅は、ずいぶん勉強になった。

中村 なるほど。それにしても、よく犬を撮ってますね。この本には日本はもちろん、ロシア、アメリカ、ヨーロッパから東南アジア、パタゴニアまで、世界中の犬が登場してます。

カリフォルニアの海岸 width=
写真(5)カリフォルニアの海岸 撮影:椎名誠

椎名 なんで犬ばっかり撮ってるのかというと、元々少年時代から常に身近に犬がいたこともあるのかな。今なら小学生でもスマホで写真撮るけど、俺たちの時代にはもちろんカメラなんか持ってなかったから、一枚も残ってない。その隔たりの悔しさみたいなものはあるかな。それに、日本の犬はみんながれてるけど、海外に行ったらそうじゃないんだよね。がれてるのは病気の犬だけ。モンゴルなんて、犬はペットじゃなくて狼よけだから、餌もあげない。勝手に食ってこいって。それで昼間は寝てて、夜警をやって
る。あの自由な感じがいいよね。

中村 そうだね。この本に出てる犬たちも、すべてが放し飼い。それにしても、この海辺の写真(5)、犬は確かに写ってるけど、ほとんど点だよね。僕にはこういう写真は撮れない。椎名さんの写真は、全体に言えることだけど、ワイドレンズで撮っていて、広がりがある。それと、被写体までの距離感があるから、そこから時間を感じます。この独特な“間合い”みたいなものが、椎名さんの写真の味わいですね。本には撮影年代が入っていないけど、一番古いのはどれですか?

岳少年と犬
写真(6)写真の中で一番古い1枚 岳少年と 撮影:椎名誠

椎名 撮影時期は何十年にもわたってる。一番古いのはこの写真かな(6)。ここに写ってる少年は、息子の岳なの。彼が小学校の六年生の頃だから、何十年前だろう、まだ作家になっていない頃の写真なんだ。

中村 テーマ毎に写真が並んでいるけど、時代順になってるわけじゃないから、どれが新しいのか古いのか、一見しただけじゃわからない。つまり、ずっと同じ間合いで被写体に対峙し続けている。それもなかなか真似できることじゃありません。

名犬ガク

子犬の頃のガク
写真(7)子犬の頃のガク 撮影:椎名誠

中村 あっ、こっちは犬のガクだ! かわいいな(7)。

椎名 ガクの幼少時代。耳がビーサンの鼻緒に入ってて。ちゃんと枕してるっていうのがかわいいね。

中村 僕もガクとは何度もいっしょに旅をしたな……。

椎名 ガクは野田知佑(のだともすけ)さんの旅について行って“カヌー犬”として紹介されて、とても有名になった。野田さんだけじゃなくて佐藤秀明や他の人もたくさんガクの写真撮って紹介してきたけど、俺は今までガクのこと、書いたり写真出したりしてこなかったんだ。そんなにみんなで書くことないだろうって。だからじっと見てるだけだった。でもね、いちばん苦労して面倒見てきたのは俺なんだよね。

中村 里親ですものね。この本にはガクがたくさん出てる。

椎名 実は俺もたくさん撮ってた。だから、こんなにたくさん、ガクが登場する本は初めてなんだ。

中村 ガクとの旅には、いろんな思い出があるなぁ。沖縄の座間味島でキャンプした時、大嵐になって公民館に避難したことがあったよね。あの時、全員、公民館の床の上にテント張って、地元の人たちから怪訝な目で見られたんだけど、寝ようと思ったら僕の寝袋の中にガクが先に入って寝てた。いくら起こしても出ようとしなくて、最後は「ウー」って怒っちゃって。

椎名 あいつは人語を2割くらいは理解してたね。雑種なんだけど、シェパードの血が入っていて、とても賢い犬だった。

中村 椎名さんは、猫の写真は撮らないの?

椎名 ないわけじゃないけど……たしか2枚くらいあったかな(笑)。

写真はハートで撮る

椎名 『極夜』は、デジタルで再現したって書いてあるけど、どういうこと?

中村 当時、現像した時に定着液がヘタっていたみたいで、数年経つとネガに白いドットみたいな抜けが大量に発生したの。だから、もうプリントはできないと思ってずっとお蔵入りになってたんです。デジタル技術が進んだから、ひょっとしたら修復できるかもと思ってやってみたら、うまくいったけど、半年もかかった。

椎名 わかるなぁ。俺もやっちゃったことある。撮る時に露出間違えて、現像してみたら、なんじゃこりゃって。やっぱりあきらめてたんだけど、デジタルで修復できそうだっていうので、ラボに持って行ったら、なんとかなるという。そしたら忘れていた絵柄が浮き上がってきて、「そうか、君はまだそこにいたのか」って、うれしかったな。それで写真集を一冊、作っちゃった!

中村 プロの写真家としてはひどい失敗談なので恥ずかしいんだけどね。

椎名 最近、写真賞の審査員を頼まれることが多いんだ。そしたら、俺が中村さんと親しいことを知ってる人に「中村さんはどんな機材を使ってるんですか」って聞かれることがあるんだけど、中村さん、カメラにはこだわる方ですか?

中村 新しいのが出たら飛びつくなんてことは一切ないですね。使い慣れてるのが一番。だって、いいカメラだからいい写真が撮れるわけじゃないでしょう。写真を撮るのはカメラだけど、やっぱり自分の心が撮るんじゃないかと思う。

椎名 そう、やっぱりハートだよね。

中村 椎名さんは犬の写真をたくさん撮ってるけど、僕は椎名さんの写真をいっぱい撮ってるんだよね、昔から。魚の次に椎名さんの写真が多いかも。素顔の椎名さん。写真集出せるくらい。

椎名 気がつかなかったな。じゃあ、僕が死んだら、遺影はよろしく(笑)。

新潮社 波
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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