【文庫双六】動物好きも感動の異世界冒険小説――北上次郎

レビュー

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  • 獣の奏者(そうじゃ) 1(闘蛇編)
  • 獣の奏者(そうじゃ) 2(王獣編)
  • 獣の奏者 3 (探求編)
  • 獣の奏者 4 (完結編)

書籍情報:openBD

動物好きも感動の異世界冒険小説

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

【前回の文庫双六】動物文学の第一人者が犬を通して描いた自叙伝――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/544762

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 ずいぶん昔に『戸川幸夫動物文学全集』を買った記憶があるので書棚の奥のほうを探していたら、全15巻の講談社版が出てきた。いつか読むだろうと古書店で購入したものだが、全巻読破はまだ果していない。いつ読むんだろう。

 戸川幸夫は周知のように我が国の動物文学の第一人者だが、彼が切り開いたこのジャンルでは現在も数多くの作品が書かれている。近年の最大の収穫は、上橋菜穂子『獣(けもの)の奏者(そうじゃ)』だ。

 とはいっても、ここに出てくる動物は、架空の生物で実際には存在しない。だから動物小説としては、ちょっと異色。たとえば物語の主役となるのは、闘蛇(とうだ)と呼ばれる巨大な蛇であり、それを上回る強さの王獣(おうじゅう)だ。両方を説明するとスペースを要するのでここでは王獣だけにしておく。

「岩棚をすっぽりおおうほど巨大な翼と白銀に輝く針のような体毛、狼のように精悍な顔、鋭い爪を持った大きな脚」

 少女エリンが野生の王獣を目撃するシーンではこのように描かれている。あっという間に闘蛇を噛み裂いてしまうのである。ようするにこれは、異世界を舞台にした冒険小説である。ただし、ファンタジーが苦手な私がはまってしまったほど、とてもリアルに描かれている。主人公は蛇を操る母と暮らす少女エリン。彼女の冒険を中心に描かれていくのだが、白眉は傷ついた王獣の子リランを救うくだり。

「けっして馴らしてはいけない獣」とエリンは心を通わせていくのだ。

 動物好きはこれだけでも胸キュンになるが、もちろんそれだけではない。この王国の成り立ちを含めて多くの謎が解かれていく過程は圧巻だ。さらに、最初の2巻はエリンの少女時代を描いていくが、続く2巻は30歳になり1児の母となったエリンが主役。夢と冒険の物語から、現実と格闘する苦渋の物語になるとの構成も素晴らしい。正月休みの読書に、ぜひおすすめしたい。

新潮社 週刊新潮
2017年12月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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