【テーラー伊三郎刊行記念対談】川瀬七緒×池澤春菜 老若男女よ、全力で着飾れ。退屈を吹き飛ばす、曲者だらけの痛快エンタメ!

対談・鼎談

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テーラー伊三郎 = Taylor Isaburo

『テーラー伊三郎 = Taylor Isaburo』

著者
川瀬, 七緒
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041056172
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

【テーラー伊三郎刊行記念対談】川瀬七緒×池澤春菜

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死にかけた田舎町の商店街、
老舗テーラーのウィンドウに突然現れた
美しいコルセット“コール・バレネ”。
その美しいラインに魅せられた
高校生津田海色(通称アクア)は、
仕立屋伊三郎の語る
「コルセット革命」に
加わることを決意する――。
痛快ファッションエンタメ小説
『テーラー伊三郎』の刊行を記念して、
著者の川瀬七緒さんと池澤春菜さんの
対談が実現。作品の題材である
コルセットを中心に、ファッションへの
思いをたっぷりと語り合いました。

コルセットは不思議な存在

池澤 『テーラー伊三郎』、とっても面白かったです。コルセットはわたしも大好きで、女性の体を一番綺麗に見せてくれるアイテムだと思っています。きゅっと締めたコルセットにふんわりしたスカートの組み合わせって、最高じゃないですか!

川瀬 そうそう、誰もが一度は憧れますよね。

池澤 それにしても、なぜ川瀬さんはコルセットのお話を書こうと?

川瀬 よく分からないんです。寂れた商店街に老いた仕立屋がいて、妻の死をきっかけにコルセット作りに没頭してゆく、という基本のアイデアは当初からあったんですが、どうしてコルセットだったんだろう。自分でも不思議です(笑)。

池澤 実際にコルセットを着けたことは?

川瀬 自分ではないですね。デザイン専門学校に通っていた時代は、自作のコルセットを友だちに着せたりしていました。デニム地のコルセットで、生地が伸びないから縫うのが大変でしたね。

池澤 そもそもコルセット作りって、体力勝負の仕事ですよね。わたしの中では日本の畳職人に近いイメージ(笑)。

川瀬 あの生地は一旦糊づけしてあるんですよね。その重なったところを縫っていくから、特殊な縫い針じゃないと入らない。ナイフ状の針で、ざくざくっと縫っていく感じです。それだけにすごく頑丈。先日ある美術展でフランスのコルセットを見ましたが、百年以上前のものなのに完璧な状態で残っていた。まさに職人技ですね。

池澤 コルセットって女性用下着ですよね。人に見せるものではないのに、刺繍やレースをふんだんに使って、あんな美しいものに発展していった。考えてみれば不思議な存在です。

川瀬 ファッションのある一面を抽出したような、ちょっと極端な存在ですよね。今回わたしもそこに惹かれたのかもしれません。

池澤 最近はコルセットトレーニングなど、コルセットの実用的な側面も見直されてきましたね。そういえばわたしも以前、コルセットの実用性を痛感したことがあるんです。ある朝ベッドで起き上がろうとしたら、腰がぐきっと悲鳴をあげて、そこから一歩も身動きができなくなりました。

川瀬 ぎっくり腰だ。

池澤 少しでも動くととてつもない痛みが走るんですよ。それでベッドの下に手を伸ばしたら、そこにたまたま衣装用のコルセットがあったんですね。「これだ!」とパジャマの上から着けたら、その楽なこと。無事起き上がることができました。

川瀬 小説で伊三郎も言っていますが、身体にぴったり合ったコルセットは、骨格の代わりになってくれるんですよね。ファッション以外の役割もちゃんとある。しかし今の医療用コルセットは実用重視のデザインで、どうしても好きになれません。まだ海外には可愛いのがあるんですけどね。

池澤 一方でコルセットは、女性の地位が今よりはるかに低かった時代の産物でもある。

川瀬 ロココ時代はもろに階級社会で、コルセットはその象徴です。

池澤 それが現代ではファッションに取り入れられ、女性が自由に着こなしています。この小説でアクアと明日香が考えついたように、和服にコルセットをスチームパンク風に着るのだって自由。抑圧の象徴がここまで自由に着られているのが面白いですね。

川瀬 どうしてそんなものを好むんだっていう女性側の意見も当然あるでしょう。小説では、そういう意見も入れてあります。

池澤 ミサンドリストの真鍋女史ですね。川瀬さん、あんな嫌みなキャラクターをよく思いつくなと感心しました(笑)。ところで作中の着物とコルセットという組み合わせは、どういうきっかけで思いついたんですか。

川瀬 学生時代から和と洋を組み合わせるのが好きで、そういう服はよく作っていました。小説のイメージのもとになったのは、以前目にしたスチームパンクのグラビア。袴の上からコルセットを着けているスタイルが載っていて、それが素敵だったんです。現代の着物の着方として、これは大いにアリだなと。

ファッションが纏う世界観

池澤 伊三郎が作ったコルセットを、アクアと明日香が「エヴェレット・ジャポニスム」というコンセプトに位置づけていきますよね。そこも読んでいてわくわくする展開でした。主張のあるブランドって、こんな人がこういうシチュエーションで着る、っていう世界観が明確に出来上がっていることが多い。わたしが好きなJane Marpleなんてまさにそうだった。その世界に自分も入れてほしい、と憧れる感じの。

川瀬 ブランドのもつ世界観みたいなものは、小説でも大切に描きました。ただ職人がコルセットを作りましたという話ではないので、そこは非常に重要なポイントです。といって購買層を限定するような感じにもしたくなくて、若者からお年寄りまで、全年代が入ってこられる柔軟さを目指しました。

池澤 ファッションって基本的にはコスプレだと思うんです。今日は“仕事ができそうな自分”、明日は“休日をエンジョイしている自分”と、誰しもなりたい自分をイメージして服を着ている。コスプレっていうのは外側に合わせて、内側を整えていくみたいな役割もあると思います。

川瀬 それは誰しもやっていること。洋服って値段じゃないけど、あまりにも安い服を着て出てしまった日って、「今日は駄目だな」という沈んだ気持ちになりますよね。実はその人のモチベーションを、大きく左右しているものだと思います。

池澤 分かる、わたしも出先で全身着替えたことがあります。その日の服がどうしても気に入らなくて、お店に飛びこんで上から下まで買い換えました。一度気になっちゃうと駄目ですよね。人から見たら些細なこだわりでしょうけど。

川瀬 そういうこだわりの最たるものが、伊三郎が作っていたオーダーメイドの紳士服ですね。これは書かなかったことですが、メンズとレディースでは本来、服作りの理念が根本的に違うんですよ。紳士服はイギリスのファッションが規範で、レディースはフランスがルーツ。出来上がりも目指すところも違います。伊三郎はイギリス風の紳士服作りを叩き込まれているから、きっと完成したコルセットもレディースとは異なる、シャープで男性的なラインになっているはずです。

池澤 だからこそ、女性に向けて売るにはアクアたちの手が必要になる。テーラー伊三郎のコルセットは、みんなで協力して完成させている形ですもんね。わたしはこういう一芸に秀でたはみだし者が集まって、ミッションを完遂するという話が大好きなんです。この本もそのパターンだけど、完成形が予想をはるかに上回っている。ラストまでの流れは、とにかく読んでいて気持ちがよかった。

川瀬 それは嬉しいです。あそこでラストを区切ったのは、後の展開を読者に委ねたかったから。この先、アクアや明日香がどうなるかは分からない。きっと夢と現実のギャップに直面して悩むこともあるんだろうけど、この小説に関しては成功して終わるのが美しいかなと。

職人、アパレル、彼らの未来

池澤 彼らの住んでいる町がうまく復興するかどうかも気になりますね。舞台になっているのは東北地方の城下町ですが、モデルになった町はあるんでしょうか?

川瀬 実家がある福島県白河市がモデルです。商店街が寂れる一方で、みんな大型のイオンやユニクロで買い物をしているという、日本中で起きている現象がそこでもあって。町おこしについていろいろと考えながら描いています。

池澤 これだけ大量に安い物が溢れていると、いくら伊三郎のような職人がいい物を作っても、なかなか手に取ってもらえない。そういう時代を写した小説でもありますね。

川瀬 ファストファッションが浸透しきった今、昔みたいに高いお金を出して服を買うっていうことはありえないでしょうね。安いには安いなりの理由があるんですが、なかなかそこは伝わらない。アパレルは正直、今後大変だろうなと思います。

池澤 服との付き合い方が変わってきたのかもしれない。わたしの妹は毎シーズン、服をすべて入れ替える人なんです。流行に合わせてどんどん処分しちゃう。そういう着方をするには丁寧に作られた高価な服は向いていないですよね。

川瀬 フランス人みたいに本当にいい物を何年も着続けるっていうライフスタイルもある。ファッションが文化として根付いてきた国には、そういう意識があるようです。

池澤 テーラー伊三郎のやり方には、この流れを変えるヒントがあるかもしれません。いい物を作るのはもちろん、世界観まで含めてトータルに発信していく。まず存在を認知してもらって、そこからファンを一人でも二人でも増やすというやり方です。

川瀬 商売でやるからには、売り込む能力って必要なんですよ。ファッションに限らずプロモーションは大事。じゃないと単なる独りよがりになりがちですから。

池澤 脇役のキャラクターがみんないいですよね。隣のカメラ屋のおじいちゃんも三人組のおばあちゃんも、一筋縄ではいかない人たちで。アクアの視点で語られているから入り込めるけど、実際近所にいたら大変そう。

川瀬 お年寄りって不思議なセンスの方が多いんですよね。どういう経緯でそうなったのか分からないけど。若者と比べても、人物造形のネタには困らなかったです。

池澤 後半になるとアクアもお年寄りの扱いに慣れてきて、まるで猛獣使いみたいになってる(笑)。アクアはプロデューサー的な仕事がすごく上手い。彼がいなかったらこの計画は成功しなかったでしょうね。

川瀬 唯一まともな子だから、苦労したんじゃないかな。後半大きく成長してくれて、作者としても安心しました。自分の将来にも可能性があるかも知れない、と気づいてくれたのは嬉しかった。

池澤 三十年後、どういう人生を送っているのか楽しみ。それと作中で披露されているコルセットの着こなしを、現実でも見てみたいです。川瀬さんのデザイン画などはないんですか?

川瀬 描いていません。頭の中でイメージしただけ。だから今日、池澤さんが和服にコルセットというスタイルを見せてくださって、興奮しているんですよ。やっぱりコルセットって、自由に着こなしていいものなんだなと実感しました。今日はこちらで対談させていただいて、本当にいい記念になりましたよ。池澤さんには感謝です。

池澤 こちらこそ、洋服のもつ魔法を感じさせてくれる、素敵な小説をありがとうございます。和服にコルセットという着こなしは、プライベートでも取り入れていきたいです!

川瀬七緒(かわせ・ななお)
1970年福島県生まれ。文化服装学院で服飾デザインを学んだ後、子供服のデザイナーとして活躍。2011年『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビュー。『147ヘルツの警鐘』(文庫化タイトル『法医昆虫学捜査官』)に始まる「法医昆虫学捜査官」シリーズや、『桃ノ木坂互助会』『女學生奇譚』『フォークロアの鍵』などのミステリーで人気を博している。『テーラー伊三郎』は「文芸カドカワ」に短期連載されて好評を博した作品。

池澤春菜(いけざわ・はるな)
1975年ギリシア、アテネ生まれ。声優、女優、文筆家。声優として『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』など数多くのアニメに出演し、人気を博す。大の活字マニアとしても知られ、多くの媒体に書評を執筆。読書エッセイ『乙女の読書道』『SFのSは、ステキのS』などを刊行している。最新刊は趣味の中国茶の魅力を綴
つづった『はじめましての中国茶』。2011年から、本対談を撮影したスタジオ、東京・小石川の変身写真館ミニーナのプロデュースにも関わっている。

文=朝宮運河  撮影=ホンゴユウジ  スタジオ=変身写真館ミニーナ(minina)

KADOKAWA 本の旅人
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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