堂場瞬一・インタビュー 新作『絶望の歌を唄え』の創作秘話を語る

インタビュー

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絶望の歌を唄え

『絶望の歌を唄え』

著者
堂場 瞬一 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413169
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

堂場瞬一・インタビュー 新作『絶望の歌を唄え』の創作秘話を語る

[文] 角川春樹事務所

堂場瞬一
堂場瞬一

堂場瞬一が、久しぶりに真正面からハードボイルドに挑んだ、新作『絶望の歌を唄え』。本書の主人公・安宅が住む神保町が舞台である。古書店や喫茶店が並び、落ち着ける街として栄えるこの街で、爆破テロ発生! という驚きの展開が待ち受ける。堂場さんの馴染み深い神保町で、創作秘話を伺った。

 ***

――『絶望の歌を唄え』の舞台となった神保町を歩いてきましたが、改めて伺います。この街は堂場さんにとってどんな場所なのでしょうか。

堂場瞬一(以下、堂場) 私にとっては、東京における“根っこ”のような街なんです。というのも、私は茨城の田舎に生まれ育ったんですが、中学生のころから神保町によく遊びに来ていたんですね。千代田線の新御茶ノ水駅で降り、歩いていったその先は、楽器屋にレコード屋、古本屋、スポーツショップと好きなものばかりが並ぶ、私にとっては天国のような場所でした。後に作家として事務所を構えるときも、この街にしようか迷ったほど。昼飯に出たら買い物ばかりで戻ってこられないと思ってやめましたが……(笑)。隙あらば書きたい、と思っている街なんですよ。

テロがもし起こるとしたら、警戒の厳重なターミナル駅やその周辺の街ではない、と思います。

――そんな堂場さんにとって愛すべき街が、今作ではテロの標的になってしまうという、驚くべき物語が展開されていきます。

堂場 私にとっては依然としてハレの街ではあるのですが、今回はそうした色は抑えて書きました。特別な用事があってやってくる私のような人間もいるわけですが、今日歩いてみても感じられたように、普通に暮らしている方々がいらっしゃる街なんですよね。

 テロはもう、いつどこで起きてもおかしくない時代になりました。まだ日本ではさほどのリアリティーは感じられていないのかもしれないですが……しかし、もし起こるとしたら警戒の厳重なターミナル駅やその周辺の街ではないのでは、と私は思います。東京のど真ん中にあるにもかかわらず、“生活者”の土地でもある、そんな場所が狙われたときの衝撃は、非常に大きいものであるはずですよね。

――狙われたのはスポーツ用品店が入った普通のビル。イスラム過激派による犯行声明が出ますがその真偽はわからず、街の人々は自警団を結成するなど、日常の生活をつづけながらの対応を迫られます。

堂場 ビルと古い家が混在し、職場と住居も混ざり合う、そんな街だからこそ、パニックにならず何とか日常はおくりながら、じゃあ夜回りをどうするか、と話し合う。頭の片隅では、東日本大震災直後の東京の様子のことも考えていました。

――そうした神保町で喫茶店を営む、元警視庁公安部外事三課の警察官だった安宅が主人公であり、本作は彼が事件の真相を追う物語です。

堂場 個人経営の喫茶店は昔の床屋のようなもので、人が集まっては噂話が行きかう。そんな社交場のような雰囲気は私自身もすごく好きで、神保町と同じくいつでも書きたい舞台のひとつなんです。

――そこでやりとりされる情報などを元にテロ事件の謎を追う安宅ですが、彼は10年前に東南アジアへPKO派遣された際に過激派による自爆テロに遭遇。現地で知り合った友人は行方不明となり、自身も味わった死の恐怖も相まって、警察官を辞めています。

堂場 今回の物語のフォーマットは、徹底してハードボイルドなんですね。一匹狼の男がいて、友と別れた傷心の思い出が消化できておらず、そんなところに謎の女性が現れて相談を持ちかけてくる。ただ、テロの現実味を描こうとしているのに主人公が探偵では、日本だとリアリティーが出ない。そこで、ひとりで喫茶店を経営している店主という、孤独感もまとった造形になっているんです。

(ハードボイルドにおいて大切な精神とは)「規範に縛られた男の物語」という点ですね。

――堂場さんにとって、ハードボイルドにおいて大切な精神とは何なのでしょうか。

堂場 「規範に縛られた男の物語」という点ですね。しかもその「規範」は、法律や組織に起因するのではない、自分で決めたルール。個人に起因する良心や正義感に従って生きる男が、その行動原理から逃れられないゆえにトラブルにも巻き込まれていくんです。

――なるほど。安宅が喫茶店主でありながら謎を追ってしまうのもその「規範」ゆえ、なのですね。そして同じく神保町で起きた、昭和の政界で活躍した元フィクサーが殺害される事件にも巻き込まれ、謎が謎を呼ぶ物語が進んでいきます。

堂場 ハードボイルドの定義は作家それぞれなのですが、私は1970年代以降のネオ・ハードボイルド――主人公の男の“弱さ”を描く作品たちに強く影響を受けています。今回の安宅に関しても、彼の“弱さ”は至るところに出てきています。物語の最初から、ずっとぐずぐずしている男ですから。

 かといって古典的なフォーマット通りに書くだけでなく、店でバイトしている、安宅の兄の娘である女子高生を、紅一点として描いてもいます。店に来る人たちが昭和のおじさんたちばかりのなかで、彼女だけ平成の子。安宅は彼女にからかわれるわけですが、孤独な安宅にとって彼女は、現代に通じる“通気口”のような存在なんです。フォーマットに則りながら風穴を開ける、ということを考えて書いていきました。

――そのような新味をまとったハードボイルドの手法が、現代の最先端の問題であるテロリズムについて描く際に有効である、ということの意義は大きいですよね。

堂場 ハードボイルドは小説の形態として普遍的だ、と心から思います。今後もこうして、ハードボイルドをベースにして新しい事象を組み合わせていく手法は、考えていいかもしれませんね。『絶望の歌を唄え』で、そうした手法とテーマの組み合わせの“新しさ”を楽しんでいただけたら嬉しいです。

著者写真=三原久明/協力=クライン・ブルー

角川春樹事務所 ランティエ
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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