十億ドルを売り上げた奇跡のゲームの誕生秘話

レビュー

5
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テトリス・エフェクト : 世界を惑わせたゲーム

『テトリス・エフェクト : 世界を惑わせたゲーム』

著者
Ackerman Dan [著]/小林 啓倫 [訳]/アッカーマン ダン [著]
出版社
白揚社
ISBN
9784826901987
価格
2,484円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

十億ドルを売り上げた奇跡のゲームの誕生秘話

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 この物語は冒頭部からしてまるでサスペンスフルな映画のようだ。時は冷戦終結間際の一九八九年二月、日本で小さなゲーム会社を営むアメリカ人ヘンク・ロジャースが巨大ゲーム企業「任天堂」の命を受け、モスクワ入りする場面から始まる。そして時を同じくして、西側ライバル企業の人間二人も後に続いた。彼らの目的はただ一つ。ソ連の“鉄のカーテン”の向こう側にいる役人と交渉し、当時、ソ連政府の管轄下にあり、世界中が夢中になっているゲーム「テトリス」の発売権を取得することだった。まさに映画的だが、これは綿密な取材を元に書かれたノンフィクション、つまり実話だ。

 人気のあまり多くの海賊版が出回ったにもかかわらず、公式版だけでも総売り上げ約十億ドル。史上最も売れたこのゲームは当時、正式な販売契約が結ばれない曖昧な状態のまま世界中に流通していた。本書の最大の山場は、知的所有権ビジネスで大きく後れを取るソ連を相手に、真正直な公平さで契約を提案した任天堂の使者が、見切り発車のような形でテトリスを販売していたズルい先行者に一泡吹かせる形で最終的な勝利を収めるまでの息詰まる展開だ。しかし、それ以外にも「これでもか」というほどワクワク感に満ちた、テトリスに関するあらゆるストーリーが本書には詰め込まれている。

 例えばゲーム黎明期だった当時の時代背景、任天堂やアタリ、テンゲンなど、当時のゲーム界で“伝説の人物”とされる会社や人々の動き、テトリスに関する研究の詳細、豆知識……。中でも感銘を受けたのは、ロシアの青年アレクセイ・パジトノフが西側諸国より十年は遅れたコンピューター環境の中でテトリスを生み出した開発物語の部分だった。原始的なグラフィックスさえ使えない初期のマシンで理想のゲームを実現するには、余分なものを徹底的にそぎ落とし本質的なものだけを残さなくてはならない。彼が作った超シンプルなプロトタイプは次第に多くの人を巻き込み完成していく。

 彼はテトリスの商用化を頭に描くが、社会主義国家ソ連の壁は強大で、世界中にテトリスが広まっていく中、彼の懐には一ルーブルさえ入ってこなかった。そこに現れた任天堂の使者と悲運のゲーム開発者の友情物語も、本書の味わいを深めている。

 最悪の条件下だからこそ生まれたともいえる、世界一シンプルな大ヒットゲーム。その誕生秘話を読んで思うのは、ITの急速な進化を果たした便利すぎる現代社会からは二度とテトリスのような奇跡の傑作は生まれないだろうということだ。効率や生産性とはかけ離れたところでしか、純粋にものづくりを面白がる才能は生かされないのかもしれない。自分の仕事に悩んでいる人に、ぜひ読んでいただきたい。

新潮社 新潮45
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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