[本の森 恋愛・青春]『たゆたえども沈まず』原田マハ/『さよなら、田中さん』鈴木るりか/『くちなし』彩瀬まる

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[本の森 恋愛・青春]『たゆたえども沈まず』原田マハ/『さよなら、田中さん』鈴木るりか/『くちなし』彩瀬まる

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

 原田マハ氏の『たゆたえども沈まず』(幻冬舎)は、発売前から楽しみに待っていた1冊だ。フランス語を学んだ青年・重吉は、パリで画商となり浮世絵の販売で成功した林忠正の元で働くべく渡仏する。画廊で働くテオと出会い、その兄で画家のゴッホとも交流を深めていく。

 兄の才能を信じる弟と、弟を頼りに創作を続ける兄。二人の絆とそれぞれの苦悩が、印象派が台頭するパリの活気と共に描かれる。数年前に行ったゴッホ展のことを思い出した。死の直前に描かれた絵は、胸が締め付けられるような迫力だった。あの絵をもう一度見たい。命を削ってキャンバスに向かう画家の姿が、もっと鮮明に浮かび上がってくるだろう。

 画商・林忠正の力強い生き方も印象的だ。実在するが、ゴッホと交流があったという記録はない。浮世絵に影響を受けていたゴッホが、林と知り合うのはありえることだが、その可能性に気がつき物語を生み出せるのは著者だけだろう。その深い知識と洞察力が、偉大な画家が遺した絵に、フィクションにしかできない角度で光を当ててくれた。

 志賀直哉と吉村昭を好む中学生が、小説を書いている? 話題性抜群だ! という商売人の期待で手にした鈴木るりか氏の連作短編集『さよなら、田中さん』(小学館)に、心をつかまれてしまっている。

 小学六年生の花実には、お父さんがいない。男性に交じって工事現場で働くお母さんは、「泥付きゴボウ」のような風貌で、犬のようにごはんを食べ、歩道橋の下に暮らすホームレスの「強靭な身体と、鋼の精神力」をほめたたえる。野性的だけれど奥が深く、謎めいたところもある女性だ。この母子を中心に、格差社会や毒親という言葉を使うことなく、その渦中で生きる子どもたちの姿を温かく描いている。現役中学生ならではの感性と、中学生離れした読書歴から身についたと思われる語彙力が融合した個性的でユーモアのある文体が愛おしい。

 大家さんの息子でニートの賢人、物知りだが変わり者の木戸先生、お母さんの見合い相手である風間さんが登場する「花も実もある」が特に良い。普通の女子小学生ならば関わりたくないタイプの男性たちを、真っ直ぐな視線で見る花実の心の変化が鮮やかに描かれ、はっとするような幸福感あるラストに到達している。奇跡を見たような気持ちになった。

 彩瀬まる氏の『くちなし』(文藝春秋)は、愛した男からもらった腕、運命の相手に巡り合うと身体に咲く幻の花など、美しくも不気味なモチーフで様々な愛の形を描いている。ざらっとしているのに甘美な味わいがいつまでも残り、やるせなさがじわじわと心を侵食していく。奇妙な読後感の短編集だ。

新潮社 小説新潮
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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