[本の森 歴史・時代]『銀杏手ならい』西條奈加
[レビュアー] 田口幹人(書店人)
ファンタジーや職人もの、人情味あふれる時代小説から現代小説まで、幅の広い作品を書き続けている西條奈加。金貸し業や和菓子屋、そして人材派遣業などをテーマに、前向きに生きる人々を活き活きと描いてきた。
まずは、西條作品を未読の方々に、ぜひ読んでほしい二冊をご紹介。金貸しのお吟の元に転がり込んできた素性の知れない浅吉が、借金で首が回らなくなった人や暮らしに困っている人たちの問題を解決していく『烏金』(光文社文庫)。『烏金』に登場した孤児達は、続編となる『はむ・はたる』(光文社文庫)にも登場し活躍するので、併せてお読みいただきたい。
もう一冊は、『はむ・はたる』で重要な役割を担っていた吟味方与力の高安門佑を主人公に、天保の改革期における江戸の町の姿を描いた『涅槃の雪』(光文社文庫)だ。市井の人々の気概が伝わる物語だった。同じ時代を描いた『恋細工』(新潮文庫)を併せて読むことをおすすめしたい、まるごと好き! と言える数少ない作家の一人である著者。いかんいかん、西條作品について書き出すと止まらなくなる。
ここからは、著者の最新作『銀杏手ならい』(祥伝社)をご紹介。子供を授かることができず、離縁され嫁ぎ先から出戻ってきた主人公・萌(もえ)は、父・承仙(しょうせん)の手習所「銀杏堂」を引き継ぐことに。親たちは女師匠と侮り、子供たちは反抗を繰り返す。筆子のことを思って為すことも、想いが伝わらずに行き違いが生じる。そんなある日、手習所の前に捨てられていた赤子を引き取り育てる決心をした萌は、一人一人の筆子の「今」と「これから」に寄り添い続けようと決意する。血の繋がらない娘を育てることで知った、承仙と母・美津(みつ)の想い。子を育てることは、子に育てられることなのだ、と。それは、親子関係だけではなく、筆子と師匠の関係にも通じていることなのだった。
筆子や拾い子とともに成長してゆく女師匠の奮闘を描いた物語なのだが、萌の、筆子との距離感にハッとさせられた。教育の本来の目的が、今揺らいでいるのではないか。人間形成における知恵の習得よりも、知識を教えることに重きを置いた教育が中心となる現代。子は地域の宝だという声を聞くたびに、その感覚が地域社会からなくなっている裏返しなのだと感じることがある。
作中に、こんな一文がある。
「子供というものは、現在(いま)だけを生きておりますからね。来し方に思いをめぐらせるのは、大人だけです」
豊かな教えとは何なのかを考えさせられた物語だった。