『道の向こうの道』
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60年前の学生時代を描いた 過去と現在をつなぐ自伝的連作
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
「過去というものは、思い出す限りにおいて現在である」という一節が哲学者大森荘蔵の言葉として作中に引かれている。六十年前の学生時代を描いた自伝的連作で、形あるものとしてこの言葉がさし出される。
小説には、過去を現在につなぐ装置が用意されている。たとえば、「飛行機は南へ飛んで行く」という作品では飛行機である。主人公の「わたし」は妻を伴い、羽田空港の近くに飛行機を見に行く。「飛行機は南へ飛んで行く」というのは、彼が早稲田大学の露文科に入学してすぐに覚えた例文だった。飛ぶ飛行機を見ながら、彼は妻に自分の過去を語り始める。続く「たまさかに人のかたちにあらはれて」では、島木赤彦の短歌や、漢詩を墨書する行為が昔へと誘う。
大学の同じクラスに、後に芥川賞作家になる李恢成と宮原昭夫がいた。前後の学年には三木卓や東海林さだお、五木寛之もいたという。今思えば華々しい顔ぶれだが、当時の露文科は、就職も期待できず、「出口なし」と宣告されたようなものだったらしい。その李恢成が作家になり、川端康成『みづうみ』と、著者の『幼き者は驢馬(ろば)に乗って』との関連について語る興味深い講演録もまた、過去と現在の通路になっている。
読み漁った本。音楽喫茶で聞くクラシック。友人たちとの会話。休暇ごとの旅。固有名詞や細部まで記憶され、読んでいると、著者と一緒にこの時代を旅するようである。とくに興味深いのは食事で、昭和三十年代初めの東京で食べる学生向けの定食は大ざっぱな感じなのに、大阪の実家で食べる食事は実においしそうで、船場の商家の「ぼんち」らしい好みと思わされた。
空襲の記憶は生々しくあるものの、「わたし」の世界は明るく輝いている。ただ一つ、旅先で関係を持った少女の存在だけが不協和音のように響く。川端作品のイメージにつながるこの少女が、あるいは後に書かれる小説の核になるのだろうか。