『魔邸』
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ホラーの展開にミステリーの謎解きが組み合わされる終盤
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
ミステリーとホラーの幸福な融合。三津田信三『魔邸』を一口で言うには、その表現以外にはありえない。
十一歳の瀬戸優真(ゆうま)は、世渡(せと)優真になった。母が再婚したからである。新しい父親は実業家で、純文学作家だった実父とはまったく人柄が違う。そのため彼は、寄る辺ない気持ちを抱えながら日々を過ごしていた。
夏休みに入り、優真は義父の弟である知敬(とものり)と共に、彼の所有する山の別荘へと向かう。知敬によれば、両親が海外に長期滞在する間優真を預かるよう頼まれたのだという。見知らぬ土地で過ごす夏休みである。
しかし優真の胸中には不安が渦巻いていた。一つは、その別荘が神隠し事件の起きた森の近くに建っていると聞かされたからだ。叔父も学生時代、その中で行方不明になった子供を見つけたことがあるのだという。もう一つの原因は優真自身の内にあった。彼は幼少のころから、ときおり異世界へと足を踏み入れてしまうことがあったのだ。もしそれが、禍々しい森で起きてしまったら。
別荘で暮らし始めた少年は、夜に聞こえてくるはずのない物音を耳にしてしまう。そのため、自分たち以外の何者かが邸に棲みついているのではないかという思いが芽生えるのである。疑念がむくむくと育っていくさまが前半から中盤にかけて描かれる。それを補強するのが「じゃじゃ森」という禁断の土地である。物語が進むうちに、ヨーロッパの取り替え子伝承にも似た、一つの忌まわしい仮説が組み立てられていく。
三津田信三は小説の構造に強い関心を持つ作家である。たとえば一つのプロットを複数の長編で反復して用いるという試みにより、単発作品では不可能な効果を生み出したこともある。本書にもそうした企みがいくつも盛り込まれている。特にホラーの展開にミステリーならではの謎解きが組み合わされた終盤は圧巻であり、最後の一行を読み終えるまで、目が釘付けにされる。