【文庫双六】怪物を綴る澁澤は洒脱で歯切れがいい――野崎歓

レビュー

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プリニウスと怪物たち

『プリニウスと怪物たち』

著者
渋沢, 竜彦, 1928-1987
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309413112
価格
814円(税込)

書籍情報:openBD

怪物を綴る澁澤は洒脱で歯切れがいい

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

【前回の文庫双六】動物好きも感動の異世界冒険小説――北上次郎
https://www.bookbang.jp/review/article/545046

 ***

 決して人に馴れない「王獣」を手なずける術を一人の少女が知っている。そんな『獣の奏者』の設定は、人間の歴史とともに古い神話的発想につながっているような気がする。

 さて何だったかと頭をしぼるがうまく思い出せない。こんなときは博覧強記の人に尋ねようと澁澤龍彦の本を開いてみる。文庫オリジナル編集で出た『プリニウスと怪物たち』をめくっていると、ありました。一角獣の伝説だ。

 一角獣について記した最も古い本は、紀元前四世紀に東方を旅したギリシア人医師クテシアスの『インディカ』(インド誌)だという。以後、いかにこの空想上の獣が長きに渡り人気を博したかが、固有名詞を華麗にちりばめながら紹介される。

 勘所は、気性が荒く人間に馴れない一角獣が「処女にだけは弱い」という点だ。森の中に処女を連れて行くと、その匂いにくらっときてすっかり大人しくなるというのだから、けっこう純情派なのか。だが時が下り19世紀末になると、一角獣は「もっぱら淫蕩な貴婦人のお相手をつとめる、柔弱なエロティックな獣」になってしまうのだった。

 その他、一本足人間やサラマンドラ、スフィンクスなど、怪物たちについて嬉しそうに綴る文章はいつもながらすっきりとして洒脱で、歯切れがいい。澁澤はいにしえの伝承、迷信に「人間の想像力の自由な展開」を見て、心からの愛情を注ぐ。その気持ちがよく伝わってくるので、衒学(げんがく)趣味が嫌味に感じられないのだろう。

 あまたの怪物のうちとりわけ彼が愛したのはドラゴン、つまり龍だったのではないか。何しろ自分の名なのだから。「十二支のなかで、他のすべての動物が現実に存在する動物であるのに、辰(龍)だけが空想上の動物であるというのは、わたしの自尊心を快くくすぐる」。だから名前を「竜」彦などと書かれると「亀」みたいでがっかりする。ぜひとも「龍」でなければだめなのだとは、誇り高きドラゴンの弁である。

新潮社 週刊新潮
2018年1月18日迎春増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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