『えがない えほん』 B・J・ノヴァク著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

えがない えほん

『えがない えほん』

著者
B・J・ノヴァク [著]/大友 剛 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784152097248
発売日
2017/11/21
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『えがない えほん』 B・J・ノヴァク著

[レビュアー] 三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

 ばびろん、ばびろん。ちゃばら、ちゃばら。どっひゃあ。

 「ママ、にこってして。」難しい顔をしてパソコンの前で考え込む私に、子供が言う。机の端っこにどんどんおままごとのお茶が並んで増えていく。働くママへ、おままごとの差し入れをしているのだ。小さな取っ手をつまんでお茶を飲むふりをしながら思った。いつから大声で笑うことがなくなったのだろう。

 ある日、読書委員会で持ち帰った本の中にこの絵本があった。なかなかおもしろそうだな、と思ったけれど、朝、それを発見した娘に、「読んで!」とせがまれるまではその真価を発見できなかった。この本は、子供の絵本なのに、えのないえほんだ。絵がなくて、色とりどりの大きかったり小さかったりする字が、声に出して読み始めた大人の口を伝って音になる。

 音になった字は、読み手の意思を無視して「へんなこと」を言わせる。「ぼくはおサルさん」「しかもぼくのあたまのなかみはなっとうのみそしる」とか。ひゃーなんてこと、「おねがいだからにどとこのほんをよませないで! あまりにも……おバカすぎる!」なんて言う文句もそこには書いてある。読み手はどんどんそれを読まされ、聞いている子供たちは腹を抱えて笑う。そして私たちは気づくのだ。こんなおばかになって笑ってみたかった、ということを。

 子供たちは、この絵本を読むと約束し、おばかなことを次々と言わされる大人に優越感を抱く。おばかになるのが下手な大人に比べて、自分たちはそんなもん大得意の朝飯前だからだ。

 この本を読むあいだ、子供と大人の間には神聖な黙契が成立する。ぼくたちのことをあんまり叱ってばかりいないで一緒に笑って遊ぼうよ。遊ぶの下手なんだけどいい? とききかえす大人。いいよ、もちろん。その方が面白いから。ぐふふ。おいでよ。その声に連れられて、大人になった私たちはかけていく。大友剛訳。

 ◇B.J.Novak=1979年米生まれ。俳優、脚本家、作家、映像監督などの顔を持つ。小説に『愛を返品した男』。

 早川書房 1300円

読売新聞
2018年1月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加