『世界神話学入門』
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世界中に類似する物語が存在するのは
[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)
日本の神話が遠くギリシャ神話と似ていたり、ノアの方舟のような洪水伝説が世界中で語り継がれていたりするのは、不思議である。そんな場合、ふつうは「人類の頭脳構造はみんな同じだから」と生理的な同質性が持ち出されるか、あるいは一つの文化が近辺に伝播する事態が想定される。後者は、聖書の物語がキリスト教の布教とともに世界中に広がるような場合だが、ただし浦島伝説が宣教師の手で広がったとは到底思えない。
著者は、世界中に類似の神話が広く存在することの説明に、アメリカの神話学者マイケル・ヴィツェルらのいう「世界神話学」という考え方を用いる。ワールド・ミソロジーとは何か。ミトコンドリアDNAやY染色体の分析によって、現生人類(ホモ・サピエンス)の来歴を明らかにしつつある近年の遺伝子学の目覚ましい成果を、神話の世界規模の分布の理解にも応用しようとするもの。
遺伝子学の解明によると、ホモ・サピエンスは二十万年ほど前のアフリカに誕生し、その一部が十万年ほど前に北東部からアラビア半島に“出アフリカ”を果たし、やがて彼らは海岸沿いにスンダランド(海面低下でインドシナ半島、インドネシア群島などが陸続きになった大地)にまで至る。六万年ほど前には早くも海を渡ってサフル大陸(オーストラリアとニューギニアが一つになった大陸)にも進出したらしい。この最初期のルート上に点在するのが「ゴンドワナ型神話群」と呼ばれるものである。
その後も引き続き人類の出アフリカは続くが、ルートは海岸沿いばかりではない。インダス、ガンジス、メコンなどの大河川沿いに随時北方、内陸方面にも向かい、その先々でまた東西方向に分かれたりする。それらの一分流が中東・トルコ方面で育み、やがて西方ヨーロッパと、東方シベリア、東アジア、さらにはアメリカ大陸へと至る一連の神話を「ローラシア型神話群」と名付ける。これだと東西共通の理由もよく分かる。
ローラシア型神話群は世界の起源(創世神話)、生業や権力・王朝の起源などを一定のストーリーラインに沿って説明しようとするもので、物語性に富み、聞いていて面白い。人気アニメやゲームソフトなどもしばしば下敷きにするほど現代人の心にも、深く根付いているらしい。対してゴンドワナ型神話群はローラシア型神話群の特徴を欠くもの。つまり物語性がなく、「山がある」「死がある」というだけの、捉えどころのない古層の神話群ということになる。
面白いのは、著者がゴンドワナ型を狩猟採集の無格差時代に、ローラシア型をその後の格差時代の人類に関連付けようとしている点だ。つまり格差(権力)を受け入れるには、それだけ長大な物語・神話による説明が必要だったのだ。