アジアの“楽園”を求め 十年千里を歩んだ報告書

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バンコクナイツ 潜行一千里

『バンコクナイツ 潜行一千里』

著者
空族(富田克也・相澤虎之助) [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309026312
発売日
2017/11/30
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

アジアの“楽園”を求め 十年千里を歩んだ報告書

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 独立映像制作集団「空族(くぞく)」は「作りたい映画を勝手に作り、勝手に上映する」をモットーに誕生した。彼らは、大資本によって生み出されるメジャー映画が“正規軍、国軍”なら、自分たちのような存在は“非正規軍、ゲリラ”であると言う。本書を読めばわかるが、実際に彼らの映画製作手法はゲリラ的だ。構想が固まる前にテーマとなる舞台に飛び込み、現地で生活しながら出会った人との交流を通じて物語のヒントを集め、ロケ先や俳優までを探していく。彼らはこの手法を「チョッケツ」作戦と呼んでいる。

 本書は、二〇一六年のロカルノ国際映画祭若手審査員・最優秀作品賞を受賞した映画『バンコクナイツ』の製作過程で起こった十年間の出来事を詳細に記録した、空族のメンバーによる“報告書”だ。

 アジアの裏経済は麻薬、武器、売春で廻っていると確信した彼らは一九九七年、それぞれをテーマにした映画作りのためのアジア視察をスタートさせた。第一弾が麻薬をテーマにした『花物語バビロン』、続いてベトナム戦争を主題とした『バビロン2』、そして売春を主題にしたのが『バンコクナイツ』だ。この映画のために彼らは十年の歳月を費やし一千里(四〇〇〇キロ)を走り回った。

 バンコクの日本人向け歓楽街・タニヤ通りでの先遣調査で、彼らは娼婦や出稼ぎ者の多くがタイ東北部“イサーン”出身者であることを知る。そこにはイサーン人を熱狂させる音楽があった。彼らは興味の趣くままイサーンの森に、さらにはメコン川を渡りラオスの山岳地帯へと入り込んでいく。そこには米軍により人口一人当たり一トン以上の爆弾を落とされた“戦争”の傷跡が残されていた。山岳地帯の平地に連なる巨大なクレーターの跡を見て「(映画の)シーンは決まった」とつぶやく。このように、大資本から見たら非常識な遠回りをして、彼らは映画作りの準備を進めるのだ。

 彼らは訪れる先々で人と出会う。麻薬や売春で身を立てる人々と交流しながら、それらを求めてやってきた先進資本主義諸国の男たちを観察する。当然、怖い体験も避けられない。それらの調査活動は間違いなく映画作りのためなのだが、彼らの行動はもっと自由だ。調査資金は常に不足しているにもかかわらず、現地での生活を楽しむ努力を惜しまない。

 それもそのはず、彼ら空族にとって最も重要なことは、独立映画を撮ることではない。自分たちの“人生や生活そのもの”の自由と独立を得ることなのだ。この先遣調査もその延長線上にある。

 本書は我々に、予算や納期、マーケティングに縛られる現代の仕事がいかに不自由で人間性を蔑ろにしているかを突きつける。決して裕福ではないだろう彼らの生き方をとても羨ましいと感じながら、本書を読んだ。

新潮社 新潮45
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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