キャンパスでスパイのリクルート合戦

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盗まれる大学

『盗まれる大学』

著者
ダニエル・ゴールデン [著]/花田知恵 [訳]
出版社
原書房
ISBN
9784562054381
発売日
2017/11/22
価格
3,080円(税込)

キャンパスでスパイのリクルート合戦

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 本書は、第一部「アメリカの大学に潜入する外国の諜報機関」と第二部「学界に潜入するCIAとFBI」で構成されている。著者によれば、近年、アメリカの大学は「諜報戦の最前線」と化しているという。その理由の一つは、アメリカの諜報機関と大学が親密さを増していること。ヴェトナム戦争時代は、両者の関係は険悪と言うべき状態だったが、二〇〇一年九月十一日の同時多発テロ以後、関係は修復されたという。二つ目の理由は、高等教育のグローバル化。今や八〇の国と地域に一六〇を超えるアメリカ方式の大学があり、その多くがアメリカの大学の分校、あるいはアメリカの認可を受けて外国が運営する学校だという。一方、アメリカの大学で学ぶ外国人留学生の数は、ほぼ一〇〇万人。勤務する外国生まれの学者の数は五〇万人を超える。

 大学は国の内外に開放されていることから、諜報機関がスパイをリクルートする格好の猟場となる。特にアメリカでは、学界と政界が密接に繋がっているので、外国諜報機関は、政権へ潜入させる諜報員の調達に大学を利用することが多い。

 一部、二部とも興味深い具体例が採りあげられているが、中国との諜報戦には多くの頁が割かれている。

 中国は、二〇〇四年から、一〇〇億ドルもの巨額の資金を投じて、世界中に五〇〇に達する孔子学院を設置してきたが、そのうちアメリカには一〇九があるという。大学側には、安上がりの中国語講座が開けるというメリットがあるが、人権問題やチベット問題には触れないという縛りがかかる。この講座に集まる学生は、中国諜報機関とアメリカ諜報機関がしのぎを削る工作対象となる。アメリカの大学は、授業料収入、研究員の確保などを留学生に頼らざるを得ないのが現状で、ある大学は、中国の国家安全部が運営する大学との連携にまで乗り出した。まさに、「大学は危険を承知でスパイ活動に目をつぶっている」のだ。

 イランの核開発を阻止するために、CIAはイラン人核科学者に「あなたは死刑宣告を受けたも同然」と脅迫、協力を拒否した科学者は、イスラエルの諜報機関により暗殺された、という生々しいエピソードも紹介されている。

 一方で、キューバの工作員が、アメリカ国防情報局に潜入し、ついには、対キューバ政策を司るまでに至る経過なども詳しく描かれている。

 本書によって教えられるのは、現代の諜報戦でも依然として、ハニー・トラップ、身分を隠しての接近、資金提供、脅迫といった古典的手法は使われているが、フロント企業がお膳立てして開く国際会議といった新たな手法が広く使われているという事実である。と同時に、諜報という闇の世界に迫る、アメリカ調査報道の質の高さも実感させられる。

新潮社 新潮45
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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