深刻な社会問題を描きながらも語り方は軽妙酒脱

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中国では書けない中国の話

『中国では書けない中国の話』

著者
余, 華, 1960-飯塚, 容, 1954-
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309207322
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

深刻な社会問題を描きながらも語り方は軽妙酒脱

[レビュアー] 山口守(日本大学教授)

『死者たちの七日間』(飯塚容訳、河出書房新社)、『兄弟』(泉京鹿訳、文芸春秋)や映画化された『活きる』(飯塚容訳、角川書店)などの小説で、日本でも高い人気を得ている中国の作家余華の新作は、本邦初訳どころか、世界初の出版となるエッセイ集である。本書に収録されている二八篇のうち一七篇が、二〇一二年から二〇一五年にかけて『ニューヨーク・タイムズ』のコラム記事として書かれた経緯から分かるように、海外の読者を想定した評論集で、他にも欧米や韓国のメディアで発表された評論を収め、またそのうちの一篇は日本でも『朝日新聞』に転載されている。ただし、どの国のメディアに発表されようとも、読者は常に他者であり、その距離感が冷静な観察とユーモアを生み出すと考えれば、どこで読まれても余華のエッセイの批評性は明快である。取り上げるテーマは独裁・汚職・腐敗・環境汚染・貧富の格差・言論の自由など中国社会の深刻な問題で、題材もPM2・5、海賊版、ネット規制、天安門事件など通常のメディア報道でも見られるものだが、それを分析する鋭い切り口、冷静かつエスプリのきいた語り方が秀逸である。『死者たちの七日間』がここ十年の中国文学の傑作だとしたら、本書はベスト・エッセイ集に選んでもいいだろう。

『ほんとうの中国の話をしよう』(飯塚容訳、河出書房新社)と似て、中国で出版できない事情への憶測や原題とかけ離れた書名が、昨今の軋む日中関係の中である種の誤解を生むかもしれないが、余華のエッセイはそうしたバイアスを軽々と無効化して、冷静な観察と時に笑いを誘う機知に満ちている。本書は深刻な中国の社会問題を描きながら、語り方は軽妙洒脱で、特に『ニューヨーク・タイムズ』掲載コラムでは短文の最後の落ちがよく考えられている。例えば、議会があることになっている中国で投票用紙を見たことがない実体験を紹介しながら、チャイナドリームとは中国の夢ではなく、中国で見る夢のことだと皮肉を述べたり、検閲制度を取り上げた章では、言論・表現の審査官に食品の安全検査を、食品安全検査官に言論・表現を検閲させれば、言論の自由と食品の安全が確保されると風刺するなど、辛辣な批判の後に必ず笑いが設定されている。ただしくすりと笑った後に、思わず考え込んでしまうところに、著者の機知を支える深い洞察力が見える。とりわけそれが光るのは韓国の光州事件に言及した章で、エッセイというより優れた文学的レクイエムになっている。

本書が取り上げる話題だけで言えば、日本と中国の社会にはいかに相違点が多いかと感じるかもしれない。ところが、核心の部分では両国はまったく同じである。政府や政治家が信用できず、不正、不公平な社会で庶民が苦しんでいる点である。その点で、『日本では書けない日本の話』が海外で出版される可能性が強まる国に生きる者として、本書から啓発されることは多い。読後に自分が少し賢くなった気がする本である。

週刊読書人
2017年12月8日号(第3218号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

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