「愛おしさ」の解体『ドレス』

レビュー

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ドレス

『ドレス』

著者
藤野 可織 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309026244
発売日
2017/11/14
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「愛おしさ」の解体『ドレス』

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 わかりあえない。
 この言葉が頭をよぎると、たいていの人間は思い詰めた顔で「終わり」だと判じる。僕たちの関係はもうおしまい、ふたりは別れるしかないよね、等々。だがこの小説は、そうした感情の出処を、繊細で鮮烈でたまらなく魅力的な手つきですっかり洗いだしてみせてから、実に優しく問い返すのだ─さよなら? 私とあなたは最初からわかりあってなどいないのに? と。
 本作には8つの短篇が収められているが、いずれも「日常」の範疇にある出来事を綴りながら、いつのまにか現実から大きくスリップした風景が浮びあがってくる。その鮮やかな逸脱のエネルギーとなっているのは、「女/男である」という事実と規範がもたらす強烈な違和だろう。
 中でも、少女礼賛をまるごと反転させたような世界を描いた「マイ・ハート・イズ・ユアーズ」はきわめて象徴的な一篇だ。男性の「旬」はまたたくまに過ぎ、結婚を経ず、徐々に大きくなる体を晒すように職場に残り続けている者は女性社員からほんのり嘲笑される。その一方、妊娠ともなれば、男性の体はひと回り大きい女性の体に同化して消えてしまう(!)。男性読者にしてみればとんでもないディストピアだろうが、「家庭」に入った主婦や主夫が「社会」から見えにくくなる点─つまり個別の存在として当然のように認識されなくなってしまう状況と照らし合わせるにつけ、次第に現実世界の静かで穏やかな歪みのほうが際立ってくる。
 また、「息子」という一篇では、行方が知れなくなった我が子をモチーフに、大人になった「男」と「女」がいやおうなく担わされる/担ってしまう立場が淡々と、かすかな狂気を孕んだ形で浮き彫りになる。その根底に潜む感情─しばしば「本能」のひと言で片づけられるものの正体を一瞬でえぐり出した短篇が「真夏の一日」だ。語り手の真夏は、ひとりで訪れた写真展で小さな男の子につきまとわれる。顔も向けずにあしらっていた真夏だが、ふとしたきっかけでその姿を捉えた瞬間、心がどうしようもなくうずくのを自覚する。けれどその感情に本来、揺るぎない根拠などあるはずもないことは、最後に男の子が見せた表情に集約されている。
 女だから愛おしい。男だから愛おしい。その事象の不可解さを、とびきりユニークなラブストーリーに昇華させた怪作が表題作だ。自分にとってちょうどいい平凡さとあどけなさが魅力だったはずの彼女が突然、鉄くずにしか見えない異様なアクセサリーを上機嫌で身につけ始める。彼女の柔らかい肌を覆う鉄の面積はどんどん大きくなり、男はそれまでの人生で想像もしなかった姿の恋人を連れ歩くことになる。
 この作品が秀逸なのは、社会通念の中で醸成された男女の像と、個々人の内部に存在する生理的な感情が、互いにねじれて依りかかるように拮抗している姿を見事に描きだしている点だろう。理解を超えるほどの矛盾を孕んだ、グロテスクな関係性─藤野可織はそれらを嬉々として活写してみせる。それは作家にとって「愛すること」と同義なのだ。

河出書房新社 文藝
2018年春号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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