言語と書物のさまざまなテーマが絡み合う幻想小説
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
複数の国を統合したオロンドリア帝国。その南に位置する紅茶諸島の大農園の跡取り息子ジェヴィックが、ソフィア・サマター『図書館島』の主人公だ。紅茶諸島には文字が存在しない。しかし、オロンドリアからやって来た家庭教師ルンレに帝国の言語の読み書きを教わったジェヴィックは、書物を愛する繊細な青年へと成長していく。
やがて、父が死去。二十二歳の若さで交易の仕事を引き継いだジェヴィックは、ついに憧れの地オロンドリアの首都ベインへと向かうことになる。故郷の島とはまるでちがう華やかな街並み。目に飛びこんでくる初めての色や音や物。書店に足を踏み入れ、たくさんの本を目にする感激。カフェで同年代の若者たちと知的な会話をはずませる歓び。ベインのすべてに魅了されたジェヴィックは、もう島には帰りたくない、このまま留まりたいと願うようになる。
ところが、街が〈鳥の祭り〉で浮き立ち、ジェヴィックもまたその喧騒の中、はめをはずしてしまった夜が明けた時、彼は幽霊を見る。それは、ベインに向かう船で出会った、不治の病に冒された少女ジサヴェト。以降、ジェヴィックは少女の霊にとり憑かれ、楽しかったベインでの日々は一変してしまう。便宜的に「幽霊」と書いたけれど、オロンドリアでの呼称は〈天使〉。ジェヴィックはそんな特異な体験をしたことで、〈天使〉に憑かれた者を精神疾患と見なす禁欲的な新興教団と、愛と死の女神を崇め、〈天使〉を信仰する快楽主義的な古い教団の勢力争いに巻き込まれることになるのだ。
ジサヴェトから解放され、故郷に帰りたい一心の主人公が経験するマジカルな冒険の数々。それだけでも十分面白いのだけれど、言語と書物にまつわるテーマがさまざまなトーンで絡んでいき、ふたつの哀切きわまりない恋愛譚まで合流するのだから、凝った物語が好きな読者にはたまらない。読みごたえある幻想小説をご所望の方、是非!