【文庫双六】奇人、贋物には道化の型破りな魅力がある――川本三郎

レビュー

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贋物漫遊記

『贋物漫遊記』

著者
種村 季弘 [著]
出版社
筑摩書房
ISBN
9784480023506
価格
842円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

奇人、贋物には道化の型破りな魅力がある

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

【前回の文庫双六】怪物を綴る澁澤は洒脱で歯切れがいい――野崎歓
https://www.bookbang.jp/review/article/545431

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 一九六〇年代に若者だった世代には二人の憧れの書き手がいた。

 一人は前回、野崎歓さんが紹介した澁澤龍彦。もう一人が種村季弘(すえひろ)。二人とも学界や文壇とは無縁の自由人で、当時は「異端」「異能」と敬されていた。

 澁澤龍彦はフランス文学者、種村季弘はドイツ文学者。澁澤龍彦が書斎の人だったのに対し、種村季弘はしばしば書斎を脱け出し、路地裏を歩き、古ぼけた屋台に入っては「おやじ、今日は冷えるな」といってコップ酒に酔う。

 そのやつしの構えが男性読者には魅力だった。

 澁澤龍彦が一角獣をはじめとする幻獣に興味を持ったのに対し、種村季弘が愛したのは吸血鬼と、そして詐欺師、奇人といった偉大なる贋物たち。

 十九世紀のヨーロッパを痛快に引っかきまわした詐欺師を描く『山師カリオストロの大冒険』(中央公論社、78年)をはじめ、種村季弘は、いかがわしい人物が大好きだった。

 アメリカになど一度も行ったことがないのに平然と西部劇小説を書き続け大人気を博したドイツの作家、カール・マイ。精神病院に入院しながら自ら将軍と称し、さまざまな御宣託で世を沸かしたわが蘆原将軍。

 奇人、変人、贋物には道化の型破りの魅力がある。彼らを語る種村季弘にはホラ話好きの稚気がある。

『贋物漫遊記』は『書物漫遊記』『食物漫遊記』と並ぶ漫遊記シリーズの一冊。

 愉快な贋物譚が続くなかの傑作は一九六八年に西ドイツで起きた事件。ある知恵者が各出版社に小説の原稿を送りつけた。無名の著者だから無論、どこでも没。酷評を添えた社もあった。

 ところがこれらいたずらで送られた原稿はすでに名作の評価があるローベルト・ムージルの大作『特性のない男』の一部だった。

 贋物は既成の権威を笑い飛ばす。だから価値混乱期にこそ贋物は出やすい。昭和八年生まれの種村季弘には、戦後の混乱期、闇市時代への郷愁があるのだろう。

新潮社 週刊新潮
2018年1月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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