思春期から遠ざかった今だからこそ 珠玉の青春小説

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リバース&リバース

『リバース&リバース』

著者
奥田 亜希子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103504320
発売日
2017/11/22
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

多感だった自分を思い出させる珠玉の青春小説

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 自分の年齢を感じるのは、自分よりも若い世代と接するときだ。

 好きな食べ物や音楽、言葉使い、優先するもの……まるで違うことに少し気後れし「年齢なんて気にしたことなかったけど、もう若いとはいえない」自分を発見する。そして気づく。年を重ねても、多感だった時代の自分を心のどこかに仕舞いこんで生きている。読後、そんな過去を取り出して、ひとつひとつ確認したくなった。

 ティーン誌の編集者である菊池禄は「ろく兄(にい)」の愛称で、誌上相談室「ハートの保健室」の相談役を務めている。しかし相談者であるひとりの女子高生とのトラブルを抱えていた。また一時期より投稿数の減った相談室は終了の危機を迎えていた。

 一方、地方で暮らすティーン誌の愛読者で中学生の郁美は、東京からの転校生によって、友人との関係に変化が訪れていた。

 十代の悩みは大人から見ればささいなものが多いが、本人にとっては人生を揺るがす大事だ。

 転校生の道成の出現により、友人の明日花が自分から離れていくことを不安に思う郁美。女子高生・渚は、雑誌編集者の禄に近づけたことで、特別な自分を装うため嘘に嘘を重ねた結果、学校で浮いた存在となる。

 思春期は自分のコントロールもままならない。未熟な自分を紛らわせたのは少女漫画や小説だった。それらを読んでいる間は、名もなき不安から逃れられた。

 大人になったからといって、十代の躓きや失敗は消えてなくなるわけではなく、むしろ心の奥深くに根を張ってしまう。そして一番弱っているときに、その根が頭をもたげて心を大いにかき乱す。

 二十九歳の禄もまた、中学時代に傷つけた同級生との出来事に囚われたままだから、渚を放っておけなかった。

 本書冒頭には一つの相談とその回答が提示される。そこに小説全体を暗示する言葉がある。

「人は、否定する側にだけい続けることはできません」

 誰もが傷つき、傷つけられる。どちらの経験もない人などいない。

 経験値が少ない浅はかな自分、他人を傷つけ謝れなかった非道な自分、忘れたい過去に追いかけられて後悔し続けている自分。忘れかけている若かりし自分を、愛おしく思い出させてくれる。一見少女向け小説だが、思春期から遠ざかった今の方が、あの頃をちゃんと見つめられる。

 珠玉の青春小説。

新潮社 週刊新潮
2018年2月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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