【文庫双六】機知と皮肉、遊び心に満ちたアフォリズム集――梯久美子

レビュー

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機知と皮肉、遊び心に満ちたアフォリズム集

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

【前回の文庫双六】奇人、贋物には道化の型破りな魅力がある――川本三郎
https://www.bookbang.jp/review/article/546142

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 種村季弘は、1995年に『ビンゲンのヒルデガルトの世界』で第3回斎藤緑雨賞を受賞している。

 この賞は、緑雨の出身地である鈴鹿市が1992年に創設したもので、受賞者を見ると、第1回が四方田犬彦と平岡正明、第2回が松岡正剛、第3回が種村で、第4回が中沢新一と海野弘である。

「そう来たか!」という蠱惑的な顔ぶれだが、残念なことにこの賞、第4回で終了してしまっている。

 斎藤緑雨は明治期の小説家・評論家で、樋口一葉を生前から高く評価したことで知られている。小説の代表作に「油地獄」「かくれんぼ」があり、これらはインターネット上の電子図書館「青空文庫」でも読むことができる。

 36歳で没するまで貧乏がついて回り、生活の苦労が絶えなかったが、アフォリズムに才を発揮し、万(よろず)朝報や読売新聞をはじめとする紙誌に連載を持った。

 機知と皮肉、遊び心に満ちた彼のアフォリズムを集めたのが、『緑雨警語』である。

 有名な「按(あん)ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし」も、もちろん載っている。稼ぐための筆は一本なのに、食べるための箸は二本。数からいっても負けるに決まっている。文筆で生活を支えることの難しさを巧みに述べていて、現在もしばしば引用される。

 さすがと思える名言が多く、ページを繰っていて、「懺悔は一種のゝろけなり、快楽を二重にするものなり」に出会ったときは、うまいことをいうと思わず膝を打った。

 緑雨といえば、もっとも有名なのは、「ギヨエテとは俺のことかとゲーテ云ひ」ではないかと思うが、本書には載っていない(もっともこれはアフォリズムとはいえないだろうが)。

 ちなみに、東京ゲーテ記念館のホームページが述べるところによれば、この言葉(川柳?)は緑雨の全集になく、原典は不明とのことである。

新潮社 週刊新潮
2018年2月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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